私にだけ友達100人いる男の背後霊が見えている

波津井りく

第1話 私だけが見る景色

 世の中には常人の想像を遥かに超え、数多くの愛の形が存在する。これも恐らく、その内の一種なのだと私は思う。

 隣人の頭上でくすくすと笑みを浮かべる彼女の在り方もまた、ある意味愛に溢れるのだろう。その常軌を逸した光景を目にしているのは、この学校では私だけかもしれないけど──


 隣の席の男子生徒、今日も背後霊を背負っている。


「どうしたビーク、顔色悪いぜ」


「うーん、最近疲れが取れないんだ。妙に頭が重くて、調子が出ない」


 そりゃあそうだろうなぁ、と内心呟く私は横目で隣の席を一瞥した。

 肩を回して気怠い声を出す茶髪の同級生ビークを心配する、やたら目立つ赤髪のセナ。二人は幼馴染みだとか。二人の仲はどうも公認らしい……背後霊的に。


 ちらっと確認した限りビークの頭上には今日も、頭をカチ割られた少女が浮いて二人を笑顔で見守っている。それはもう機嫌良くにこにこと。同じ制服姿だけどリボンが違う。恐らくかつての在校生。


 もし二人の間に女子生徒が割り込もうものなら、彼女の表情は一瞬で無に……いや鬼気迫る真顔に成り果てるのだ。ここ半年で幾度となく目の当たりにしているもの、間違いない。


 偶然隣の席になってしまったばかりに、初日に死相そのままの女性にじっとゼロ距離で覗き込まれたのは今もトラウマだ。悲鳴を上げずに耐え切った私を国は表彰すべきと思う。ド根性一等賞とかで。


「あ」


「ご、ごめん!」


 隣からペンが飛んで来た。かつんと角に当たって床を転げて行く。

 肩を回す拍子にビークの手からすっぽ抜けたのね。ペン先のインクが僅かに跳ねて私の机を汚している。まあすぐ拭き取れば落とせるし、別に怒る程のことじゃない。


 多分力が上手く入らないんじゃないかな……本人が自覚する以上に、ビークは彼女に色々持って行かれてるだろうから。


「馬鹿、何してんだよ。身体に当たってたら怪我させたぞ」


「ごめんフィシカ、制服は大丈夫?」


「ええ無事よ。気を付けて」


 私は嫌味に聞こえないよう声色に気を使い、インクを拭き取ったハンカチを処分すべく席を立つ。

 布に染みたインクはどうせ落ちないし、このハンカチはもう使えないな。買い替え時だったと思おう。逆にハンカチってこういう決定打がないとまず買わないし。


「ハンカチ買って返すよ」


「いえ結構、気にしないで」


 申し訳なさそうに言うビークに首を振って席に戻る。お貴族様じゃあるまいし、ほぼ庶民が大半を占めるこの学校で汚れたハンカチの弁償云々なんて気にしても仕方ない。授業や休み時間に怪我して血を拭うとか、それこそ男子だって日常的にやるもの。


 むしろハンカチ一枚に至るまで払わせるって……と顰蹙を買う方が困る。だって二人はちょっと顔が良いから。

 ビークは男としては柔らかい面立ちの、同性にも異性にも友達が多いタイプ。セナは将来男前な造作で、歳を取ってから輝きそうなタイプ。二人共運動神経が良い。


 完全にインドア引き籠り適性に全振りした私には羨ましい限り。私と来たら黒髪も相俟って第一印象は概ね根暗で、それで正解。いや根暗と陰気は似て非なるけど。話すと印象が変わると言われるもの。


 でも人気者に近付いたら火種を生むのは分かってる。ビークの隣になって以来、私は言葉選びに神経を割いているのよ、媚びを売ってると思われないように。ぶっきらぼう過ぎても生意気と言われそうだし。


「フィシカさん二人と何話してたのー?」


「隣からペンが飛んで来て。インクの始末で少々」


「そっか。汚れなくて良かったね、制服」


「ええ」


 早速前の席の女子による情報収集が。やはりこの学校では耳目を集める存在、距離を置くに限る。二人は人畜無害でも、二人に熱を上げる女子から妙な言いがかりを付けられたくないもの。

 どうして人間って生きてても死んでても面倒臭くて傍迷惑なのかしら。神様はもう少し人間のオツムと精神を上等に仕上げるべきだったんじゃない?


「……何より一番、背後の人に目を付けられたくないのよね」


 私は特段気にしない小さなハプニングなのに、相手がそうと思わなかったのが不幸の始まりだったの。

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