アニマル大混戦 ~全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れと、それ以外の群れ~

雲条翔

アニマル大混戦

 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ。


(これか、先輩が言っていた「面白いこと」ってのは……!)


 ここは、高所の定点観測所。

 観測員の青年は、最近「ここ」に来たばかり。


 数十キロ先まで鮮明に見渡せる電子スコープのレンズには、煙を上げて爆走するバッファローの群れが確認できる。


 バッファローといっても、動物のバッファローではない。

 バイクを駆り、爆音を上げ、牛のマークの御旗を掲げた、暴走族の名前である。


 都市部を駆け抜ける「バッファロー」たちは、手にした鉄パイプで建物の窓ガラスを割り、お手製の火炎瓶であちこちに火事を巻き起こす。中には、バズーカでビルを吹っ飛ばす者もいた。

 逃げ遅れた通行人の首にチェーンを引っかけ、バイクで引きずり回して、笑い声を上げる頭のイカレた連中。


 警察も逃げだしたその都市で、無法地帯の王となった恐怖の暴走族「バッファロー」。


 バイクの爆音が遠ざかり、「バッファロー」が過ぎ去っていく。

 

 都市には、死と破壊による、静寂が訪れた。


(先輩の話を信じるなら……ここからだ、更に面白くなるのは!)


 安全圏から観察を続ける青年の視界に現れたのは、爆走するトラック集団だった。


 十数台のトラック集団は、町に入ると停車し、乗り込んでいた作業員たちが走って降りてくる。

 割られた窓ガラスには、新しいガラスをはめ込み、黒煙をあげている建物には消化剤を投げて完全に鎮火させ、まだかろうじて生きている人たちに救命措置を行う。

 その一連の流れは、テキパキと無駄がなかった。


(全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ……それに対抗して作られた組織、「全てを直しながら突き進むバイソンの群れ」!)


 警察もお手上げになったこの町で、自警団的な組織が立ち上がった。

 真正面からバッファローに立ち向かっても犠牲者を増やすだけ。

 だが、彼らが立ち去ったあとで、素早く復旧作業を行うことで、被害を最小限に留め、放置されていれば失われるはずの人命も救うことができる。

 消火・救命・土木・建築……それらのプロたちによって組織されている、野牛のデザインを車にプリントしたチーム「バイソン」。


 風邪を引いてから風邪薬を飲む、というような「事が起こってから動き出す」対処療法ではあったが、一定の効果を上げていた。


 活動を続けているチーム・バイソンのメンバーたちが、空を見上げた。


 空には、太陽を覆うほどの、巨大な鳥の群れ……!

 

 その一匹一匹が、「フン」を落としてくる。


(先輩が言っていた! 敵はバッファローだけじゃない。「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ」に対して作られた「全てを直しながら突き進むバイソンの群れ」の活動に対するアンチ集団、「全てを汚しながらフンを落とすカラスの群れ」の登場だ!)


 人間ひとりを乗せる巨大ドローンに、わざわざ大きな翼をつけ、鳥を模した形状の飛行マシンに乗った集団。

 ボディカラーは黒。マシンのフォルムから「カラス」とあだ名される。


「バッファロー」の幹部のひとりが、「バイソン」の情報を聞きつけ、精鋭メンバーを集めて「バイソン」を潰す集団を結成した。彼らの独自の研究により開発した、有人高機動ドローンで飛行。

「バイソン」が、地上から銃を撃っても、距離が遠すぎて威力や命中率は半減。空という安全地帯から一方的な攻撃である。


 だが、「カラス」の目的は殺傷ではない。

 行動原理は「バイソン」の殲滅ではなく、「活動意欲を失わせること」。


 カラスの「フン」を模した白い塗料は、特別な配合で合成した染料だ。

 衣服に付着すると、いくら洗浄しても落ちにくい成分で出来ている。

 復旧作業、レスキュー活動をするたびに真っ白になったのでは、活動を続ける意識が少しずつ削られようというもの。

 一方的な暴力や武力ではなく、「自身で諦めさせる」精神的屈服を目的としているところが、「カラス」を結成した幹部の、なんとも邪悪な面であった。


(だが、「バイソン」はくじけない!)


 青年が見つめる電子スコープのレンズの先、「バイソン」に動きがあった。


 取り出したのは「傘」! そして「白い服」に着替えた!


(「カラス」は、白い塗料のみという地味な妨害手段! そして「バイソン」側も、傘と、汚れが目立たない白い服という、地味な攻防の応酬! 高いエリアを飛んでいるくせに、精神的には低空飛行! この丁々発止が素敵だ!)


 単純な抵抗行為だったが、それに観念したのか、「カラス」のドローン集団は飛び去っていった。


(「バッファロー」「カラス」の攻撃も、これで終わればいいんだが、まだ続きがあるんだよなあ……)


 青年は腕時計タイプの情報ツールで、液晶ホログラムを呼び出す。


 そこには、「バッファロー」「バイソン」の激闘の歴史が、年表資料となって表示されている。


「カラス」の妨害にめげず、活動を続けた「バイソン」に対し、「バッファロー」は別動部隊を組織。


 さらに精神的苦痛を与えるため「すべてを臭くしながら嘲笑うスカンクの群れ」を結成した。


 放置された生ゴミみたいなニオイの特殊合成ガスを、装置で噴霧するチーム「スカンク」の活躍もあり、「こんなクサイ戦いはもうイヤだ」と「バイソン」メンバーは大幅に離脱。解散直前まで行くのだが……。


 指先でフリックすると、ホログラムの情報がスクロールする。


「バイソン」に後方支援していたスポンサーが「すべての知恵を結集するモグラの群れ」を組織した。

 地下組織だから「モグラ」とは、ヒネリのないネーミングだが、「バッファロー」の悪事をよく思っていない富裕層や研究者たちによって作られた組織「モグラの群れ」たちは、合成ガスを採取、分析。解析を進めて、無効化するガスを発明した。


 これにより、チーム「スカンク」は壊滅。


「バイソン」メンバーは再び頭数を増やし、「モグラ」も交えて、「バッファロー」よりも優勢になりつつあった。


 混乱をきたしたのは、ここに「すべてを飾りながら芸術とするクジャクの群れ」が乱入したことにあった。


 武闘派でありながら、ストリートアート・パフォーマー集団である「クジャクの群れ」は、「バッファロー」「バイソン」と戦いながら、ビルやアスファルトに絵や文字を描いたり「美しい爆発や火柱も芸術活動」として、地上で花火を炸裂させ、被害を出す。


「バッファロー」の中でも、組織を裏切って「バイソン」や「モグラ」に力を貸す、はぐれ者の一族「ツノの折れたバッファロー」を名乗る一団も生まれたり、「カラス」の中でも上空からペイント弾を投擲して「クジャクの群れ」の芸術活動を後押しする「飛行芸術集団・白いカラス」も誕生。


 続く戦火の中で、不満の溜まった若者たちが「クジャクの群れ」に参加し、ストレス発散としてアート活動を広げるうちに、悪ノリが進んでチームから排斥され、それでも個々で活動を続けるヤンキーもどきの「野良クジャク」たちまで、その目的や思想、行動原理は多岐にわたり、混乱の一途にあった。


(ぼくが本当に好きなのは、この先なんだ……そろそろかな)


 青年は、ホログラムの年表から、視線を電子スコープに向ける。


 都市部に集まってくる、車、ヘリコプター、バイク、人々……。それぞれが、マイクやカメラ、自撮り棒を持っている。


「現場から中継でお送りしています! 見て下さい、この戦況を! 以前から問題視されていたバッファローの被害、さらにクジャクも舞い踊り、カオスとなった中、カメラさん、後ろを撮ってもらえますか、あちらには飛行芸術集団・白いカラスのペイントアートまで……」


「おおっ、直している最中のバイソンのメンバーがいます! インタビューしましょう! 少しお話聞かせていただけますか? え、修復活動の邪魔? なんてことを言うんですか、我々には知る権利があるのですよ!」


「いまや、『クジャクの群れ』を守るために基金設立の話もあり、彼らが描いたグラフィックアートのビル壁はオークションで5万ドルの値が……新時代の投資対象と世間で騒がれていますが」


「ツノの折れたバッファローに所属していた過去を持つ方と、今日は一緒に同行してもらい、現場でコメントを下さいます。もちろん、個人情報なので素性は明かさないように、顔にはモザイク、声も加工して……ウソ、加工ソフトの故障で、顔も声もそのまま出てる? どうすんだよ!」


「リアルタイム凸取材! あれが見えますか! ほら、リアルで来たよ、野良クジャクさん! サインください! うわ、殴らないで……あ、赤スパチャありがと! バイオレンスはエンタメの基本っすね、お、またスパチャ。治療代に充てますわ」


 逃げ惑う子供や動けないケガ人に目もくれず、自分たちの手柄だけを優先する「すべてのモラルを破壊しながら突き進むマスコミの群れ」だった。

 自撮り棒を持って生中継するユーチューバーまでいる。


(人々が争い、それをネタにする人々がいる。本当に面白いなあ、この時代は……)


 平和になった未来人にとって、戦争してばかりの過去の人間たちの行為は理解しがたく、滑稽な見世物として楽しむ人々は多かった。


 タイムマシンで時代をさかのぼり「過去の観測員」として働いてきた先輩の話を聞き、歴史の資料を読んだ青年も「この時代の観測員」として志願したのだった。

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