カウントダウン

楸 茉夕

カウントダウン

 カウントダウン


 彼には三分以内にやらなければならないことがあった。

 もしかしたら前倒しになるかも知れない。後ろ倒しになることはないらしい。

 らしい、というのは彼が決めたわけではないからだ。物理学者の計算により導き出された。とにかく彼は、三分以内に、規定のポイントで、ここから飛び降りなければならない。

「馬鹿がよぉ!!」

『ポイント・デルタまであと二分です』

 想像だけで吐き気がし、罵声ばせいを上げた瞬間に無機質な機械音声が無慈悲に告げた。彼は輸送機の中央、どうあっても窓が視界に入らない場所で膝を抱え直す。

「なんで僕なんだ……なんで……」

 無人機ゆえ、呟いても聞いてくれる者は誰もいない。文句を言うべき相手は地上にいる。もういないかもしれないが。

 輸送機に積まれているのは人類の希望だ。比喩ではない。こうしている今も人類は危機に瀕している。

 様々なメディアで何度もこすられた世界の終末は、割とあっさり訪れた。なんのことはない、地球外生命体が侵攻してきたのだ。

 古い映画の設定のような状況に直面し、人類は一つになって抗うかと思いきや、そんなことはなかった。

 各国の思惑が入り乱れ、どの陣営もバラバラに動いた―――あるいはお互いの脚の引っ張りあった―――結果、人類は絶滅寸前まで追い詰められてしまった。

『ポイント・デルタまであと一分です。カウントダウンを開始します。57、56、55……』

「人類は……オロカ……」

 何故よりにもよって自分が、と彼は膝を抱える腕に力を込めた。

 答えはわかっている。彼が人類の希望の開発者で、彼しか扱えないからだ。そして一番成功可能性が高いのが、空からの使用だとされた。

 更に悪いことに、彼は高所恐怖症だった。更に更に悪いことに、人類には最早、高所恐怖症の科学者のサポートに避ける人手などない。結局、人類の希望(だったらいいな)くらいの扱いなのだ。

『34、33、32、……』

 カウントダウンは淡々と進む。そろそろ本当に腹をくくらねばならない。

「クソがぁ……」

 罵声にも力が入らない。吐き気と冷や汗と震えとその他諸々と戦いながら、彼は立ち上がった。窓を見てはいけない。おそらく―――否、絶対に動けなくなる。

『29、28―――…聞こえるか! 聞こえる前提で話をする!』

「ヒィッ!」

 機械音声が突然知り合いの声に変わり、彼は文字通り飛び上がった。こちらから通信を送る術はないので、相手は一方的にまくし立てる。

『早まった! 七秒! 急げ!』

「ハァーーーー!? 馬鹿じゃないの!?」

 七秒早まったのか、残り七秒なのか、言葉足らずでわからない。半ば自棄やけで彼は人類の希望に歩み寄った。輸送機のハッチは勝手に開く。パラシュートのようなものは出る前に装備させられた。運が良ければ生き残れるかも知れない。

『3、2、1、幸運を祈る!』

「うるせえバーカ!! バーーーーーーカあああああああああ―――……」

 罵声は悲鳴となって落ちていった。人類の希望と共に。

 


 了

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カウントダウン 楸 茉夕 @nell_nell

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