私のお城はボロアパート

如月千怜【作者活動終了】

人生二度目の留年

 蔵間真子には三分以内にやらなければならないことがあった。

 最後の自習時間で、少しでも多く追試を有利にしなくてはならなかった。


「…………」


 普段は勉強なんて大嫌いな彼女だが、ここで留年するわけにはいかなかった。

 留年してしまえば、父から脅された勘当が確定してしまう。一人暮らしをするあてなど、初めからない。

 故にいつもより必死にテキストを読み、自習をしていた。

 追試開始までの残り時間は、刻一刻と迫っている。間に合うのか……





「ふうー、おわったああ!!」


 追試が終わった彼女は、妙にハイテンションに喜んでいた。思い込みだとしても、採点が終わるまでの間合格を信じるしかなかった。


「今日はお菓子、いつもよりいっぱい食べちゃおっと!」


 それで今、彼女はスーパーの割引シールコーナーにて、群がっていく。

 なお普段なら、少なくとも造物主の私自身の日記においては「イナゴやゴキのように」と書くところだが、彼女は女の子なのでそんな無粋な真似はしない。


「あとカシオレもいっぱい買っちゃおう!!」


 彼女は成人したての大学二年生だ。特に気に入っているカシスオレンジの味わいに完全に味を占めていて、お祝いの時は定番ドリンクと化している。実際今回の試験もかなり頑張った為、しばらく飲んでいなかったカシオレは食前酒にでもしようと企んでいる。





 そんなこの時だけは有頂天の彼女だったが……後日届いた封筒を開封した時だった。


「ええっ、落第……」


 彼女の顔が固まり、青ざめる。彼女はまじまじとその不合格の手紙を見つめ直すが、紛うことなき本物だった。

「噓……どうしよう! これじゃあ勘当される」


 取り敢えず彼女には後戻りが許されない現実と向き合い、後で向き合わなければならない課題があるのだと認識する。




 それからどれ程時間が経ったのだろうか、リビングでクッキーの袋を箱ごと抱えこんでいた彼女だが、伏目がちにして廊下へ歩いていた。

 そんな彼女に、父の冷酷な目線が刺さる。


「真子、追試落ちたそうだな」


 父には既に気づかれていた。

 またも父の怒りを買い、たじろいだ。父は彼女に対してぶっきらぼうな態度で接してきたが、感情を全て無視してはあまり無かったからだ。


「……今日切りで、親子の縁を切る! 早く失せろ!」


 父はそう言うと彼女の前から立ち去り、玄関のドアを強く閉じた。彼女は一人、その場に残されたのだった。






 こうして彼女は、留年して下級生と共に学び舎に入り直すことになる。

 今日から彼女のお城は、ボロボロのアパートとなったのだ。

 それから彼女は、貧乏なりに幸せなキャンパスライフを過ごしている……

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