第5話
彼方に教室まで送ってもらった後、窓際の1番後ろという特等席に座る俺は窓から外の景色を眺め———るのではなく、教室全体をぐるりと見回していた。
何故かって?
可愛い女子たちの観察に決まっているだろうが。
おはよーの挨拶とともにハグする女子たちや隣同士で楽し気に会話する女子たち。
俺の方にチラチラと視線を向けている女子たちにはもちろん微笑みを返した。
人間観察が楽しいっていう人の気持ちがこの世界で分かった気がする。
「今日も皆可愛いなぁ。やっぱりこの世界は最高だぜ……」
顔までニヤけてしまいそうだが、いくら男子とはいえ、だらしない顔を晒してはキモいと思われそうなので我慢我慢。
彼方は幼馴染だし、見慣れているだろうから別だけど。
少し落ち着くためにも女子たちから黒板横に貼られている時間割の紙でも見ようとした時。
「お、おはよう……」
教室の入り口に表情が強張った男子が現れ、先ほどまであちこちから賑やかな声がしていた教室が静かになった。
だが、それは一瞬のことで。
「
「甘瀬くん今日も来てくれたんだ!」
「甘瀬くんっ、今日もまだ一段と可愛いよ〜」
あからさまにテンションが上がったような声色で話しかける女子たち。
「あっ、うん……おはよう……おはよう」
一斉に女子の視線を浴びた男子は、鞄を身体の前で抱き、視線は右往左往して落ち着きがないものの、できるだけ1人1人に挨拶を返そうと頑張っていた。
「あっ……!」
その男子が真っ直ぐ視線を向けた時、1番後ろにいる俺と目が合った。
瞬間、タタタと駆け足気味にこちらに来た。
「おはよう一季くん……! ねぇ見ていた! 僕、今日もちゃんとクラスの女の子たちに挨拶を返せたよっ」
「おはよう、
「えへへっ」
髪がボサボサにならないぐらいの加減で頭を撫でてやると里琉は頬を緩ませた。
里琉はこの世界の男子では珍しく、女子と自然に話せるようになりたいと思っており、本人曰く現在、特訓中のこと。
里琉は俺が男子校に通った時の数少ない男友達でもある。
それで最初から言っているが、こいつは男である。
「でたっ。うちのクラス名物!」
「ああっ! 甘瀬くんがアタシたちには一生向けられないであろう笑みを!」
「あのカップリングはほんと推せるわ〜!」
女子たちから黄色い……というよりピンクだな。そんな歓声が上がっているが改めて言おう。
こいつは男であり、俺たちは男同士である。
「でももう少し女子と目線を合わせられるようになろうな」
「そ、そうだね……。うん、頑張るよ……!」
俺の言葉に頷く素直な男子生徒。
甘瀬
ミルキーブラウンのサラサラストレートヘアに垂れ目気味の瞳。
ニキビやシミは一切ない、色白い整った顔に華奢な身体つきの中性的な容貌。
里琉は言わずもがな美少年であり、可愛い気のある見た目もあって、女子たちからはとてつもなく人気がある。
彼方が学校一の王子様なら、里琉は学校一のお姫様みたいな感じだ。
そしてクラスの中でよく話すのは里琉ともう1人……。
その人物を思い浮かべた時、タイミング良く登校してきた。
「あら、今日は私が1番遅いのね。でも遅くてよかったみたいね。先程は随分とお盛んだったようで」
周りのざわめきで察したように彼女は言う。
「お盛んって言い方やめろぉ! 俺はただ里琉の頭を撫でていただけで……ん?」
冷静に考えると前世でも男子の頭を撫でるなんてことはしない?
「そこでちゃんと言い返さないから噂だけが先行するのよ」
「噂って何!? やめろよ! 俺は男となんかイチャイチャして女子たちの需要を満たす気はないぞ!」
俺の返しにクスッと意地悪な笑みを浮かべる女子生徒。
高崎
こちらは名前から一見、男っぽいが女子である。
腰まで届きそうな濃い紫のロングに吊り目。
スラリとしたモデル体型にスカートから伸びる脚にぴたりと張り付いた黒のストッキング。
前世だったら間違いなく、高嶺の花やマドンナとか呼ばれていそうな美少女だ。
実際、可愛い子が多いクラスの中でも一際目立っている。
「おはよう、高崎さん!」
里琉が声を掛ける。
席が近く、接する回数が多かった高崎に対してはちゃんと目を見て話せているし、怯えた様子もない。
「ええ、おはよう甘瀬君。それで、貴方からは何かないのかしら?」
高崎は持っていた鞄を俺の隣の自席に置いて座るなり、わざとらしく足を組みこちらを伺った。
そう、高崎は俺の隣の席なのである。
だから何がと言わないが間近でガン見した後。
「おはよう、高崎。今日も黒ストッキング姿をお恵みいただきありがとうございます!」
「ガン見した後、結局言うのね。ちょっとキモいけど、相変わらず面白いことを言うわね、更科くんは」
高崎は口元に手を添えてくすりと笑うのだった。
俺の隣の席は少々ドSの美人である。
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