第3話

「いやぁ。しかし、こうして共学に通えることにありがたみを感じる日がくるとは……」

「どうしたの急に?」


 帰り道の雑談中。

 俺が急にしんみりしたように言い出したものだから、彼方が不思議そうな顔で小首を傾げた。


「いや、ほら。俺が小中男子校だったことは彼方も知っているだろ? 男子校は当然、男子しかいない……。だからこそ、学校に女子がいることがこれほど嬉しいことだったんだと改めて噛み締めているんだ!」


 力説して拳にもぐっと力が入る。


 この世界の男子校はむさ苦しくないとはいえ、性別は男しかいないという事実に変わりない。

 男を見ても華奢な身体しているやつが多いなと思いつつ、付いているモノは結局、おちんちんだと現実に引き戻される毎日を送っていた。

 残念ながら俺はこの世界で男の娘に目覚める気はない。フリじゃないからな!


 その点、共学には女子がいる。共学と言ってもほぼ女子校に紛れ込んだ感覚だ。


 この世界の男子は、大人数の女子に囲まれることに危機感や不安で一杯になるらしい。

 俺としては可愛い女の子達に四方八方から囲まれて元気一杯。

 さらに、男だからということもあり、可愛い女子達からわざわざ話しかけてくれる。


 まじで最高だよ!!

 

 顔もニヤニヤしてきたのか、彼方の俺を見る目がじとーっと呆れ気味なものになってきた。


「肉食動物のジャングルと呼ばれる共学に通っていてそんな感想が出るのは、世界中の男子を探しても一季ぐらいだと思うよ」

「そうか? なら、世の中の男は人生の大半を損しているってことだな」

 

 そもそも世の中の男の大半は、女性は肉食系で危険という先入観により、常に警戒している状態だ。

 そんな気を張っている状態では女子との会話が純粋に楽しめないだろう。


 でも女子との接し方や距離感を掴むことができれば、その警戒は徐々に解かれていき、女子と普通に話すことはできるはず。

 大体、共学校にわざわざ行く男子もいるのは、女子と接したいという気持ちが僅かでもあるからだろう。


 同伴者にはそのきっかけになるようにサポートする役割もあると聞く。


「一季は毎日が楽しそうだね」

「おう、楽しいぞ! これも彼方のおかげだってちゃんと感謝しているぜ!」


 同伴者を快く引き受けてくれたこともだし、そもそも母さんを説得できたのは彼方の力が大きい。

 

 去年の冬。受験シーズンになり、毎日のように俺と母さんは言い合いをするようになった。

 

『頼むよ、母さん! 俺、ナヨナヨしている男たちに囲まれた学校生活はもう懲り懲りなんだよ!!』

『いっくん、いいっ? 女子高校生とは独身アラサーの次に男に飢えた存在なの! だからいっくんみたいな無防備な男の子はすぐに襲われちゃうの!!』


 俺はもちろん女子がいる共学校派。

 母さんは俺のことを心配して男子校派。


 どちらとも譲れないとあり、毎回決着はつかないものの……。


『母さんね……彰宏さんが病で亡くなってからいっくんにたくさん愛情を注いできたの。それこそ、彰宏さんの分まで。なのに……なのにいっくんが共学に行ってもし女の子に襲われちゃった日にわあああああああああん!!』


 母さん、まじ泣き再び。


 俺の父親は数年前に病で他界しており、女で一つで育ててくれた母さんには本当に感謝しているし、過保護になるもの仕方がないと思う。

 だからこそ、母さんにこうして号泣されると反論ができない。 


 けど、どうしても女子に会いたい。

 共学に行きたい。

 可愛い女の子達にちやほやされたい。


 俺は欲に正直な男なのだ。


 埒が開かないと思った頃、ついに最終手段を使った。


 隣に家に住む幼馴染である彼方に頼み込んだのだ。


 確かその時の会話は……。


『要件は分かっているよ。お母様を一緒に説得して欲しいんだよね?』

『おう、まじで頼む。俺の今後の人生が掛かっているから!!』

『目がマジだよ……。一季の今度の人生が掛かっているなんて、随分な大役をボクに任せるね。当然、その見返りはあるのだろうね?』

『もちろん! 大金は無理だけど、俺にできることならなんでもします!!』


 って、ごく普通なやり取りをして彼方は快く受けてくれたのだ。

 

「改めて母さんを一緒に説得してくれて本当にありがとうな! おかげでこうして休まず学校に通えている訳だし! やっぱり持つべきものは幼馴染だなっ。来年は同じクラスにもなれるといいな」

「そうだねぇ。まあクラスが同じになれなくとも、ボクは君の傍にずっといるつもりだけどね」


 口角を少し上げたかっこいい笑みを浮かべる彼方。

 キザっぽいが似合っているし、胸もぷるんと揺れていい感じだ。


「まあそうだな。彼方は俺の同伴者だもんな。同じクラスじゃなくたってずっと一緒だよな」

「……。そうだね」

  

 一瞬、間が空いたと思ったが、彼方は微笑みを返してくれた。


 それからも他愛のない会話を交わしていると家に辿り着いた。

 

「じゃ、また後から会おうな!」


 ぶんぶんと大きく手を振り、俺は家に入った。


◆◆


「まあ今だけは頼れる幼馴染というポジションで十分だよ」


 その後、妖艶な笑みを浮かべる彼方を一季は当然、知らない。

 

 そして、外堀が着々と埋められていることも……知らない。



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