貞操逆転世界で危機感０でも案外、平気っぽい

プロローグ

第1話

　小学校に上がった頃。俺はこの世界に違和感を抱き始めた。

　まず母親と一緒にショッピングモールへ来ていた時。

　はぐれないように母親は俺の手を強く握っていた。

　そして周りを見渡せば……女性ばかりだった。

　いや、男もいるけどあからさまに男女比に偏りがある。　

　それに女性たちとは妙に目が合う。中には俺に向かって勢いよく手を振る人もいた。

「……」

　ふと、目が合った女性に手を振り返してみた。

「きゃはっ！　男の子に手を振り返えされちゃった〜！」

「ず、ズルい！」

「アタシにも手を振って〜〜！」

　その女性が顔を赤くしながら大袈裟に喜んでいたからか、周りの女性まで便乗して俺に手を振り始めた。

　……そんなに小学生に手を振ってもらえることが嬉しいのか？

　などと戸惑いながらも、また手を振り返そうとした時。

「ち、ちょっといっくん！？　 女の人に気軽に手を振ってはいけません！　調子に乗るから！」

「え……？」

　母親がやたら焦っていた理由がこの時の俺には分からなかった。

　家に帰ってテレビをつければ、男が痴姦に遭っただの、男が被害に遭う性犯罪が増えているだの、やけに男を誇張しているようなニュースが流れていた。

　極め付けは、母親の言葉。

「いっくん、いい？　貴方は貴重な男の子！　もっと危機感を持ちなさい！　じゃないといっくんは男に飢えた女の人たちにすぐに喰われて……。ああ、そうなったらお母さんお母さん……っ」

　涙目になりながらブツブツと狼狽え始めた母さん。

　心配になるが、それよりも……。

「貴重な男の子……？」

　俺は眉を顰め、大きく首を傾げる。

　なんか……違う。違うよな？

　男女比って平等なはず……。だから男に貴重とかないはず。

　それに危機感ってなんだ？

　違和感が膨らみ始め、もやもやで埋め尽くされる頭の中。

　だが、ある言葉を思い浮かんだ瞬間、スッと消えていく感覚がした。

「……もしやここは、貞操逆転世界ってやつか」

　貞操逆転とは男女の貞操観念が逆転してる世界のこと。

　そして大体が男女比が偏っている。

　数が少ないのは男の方。

　そんな男に生まれたからには、周りからはさぞ大切にされ、女には気をつけろと言われたに違いない。

　男は当然、女性に対して臆病になる。

　そんな男に対して、強引にでも関係を持ちたいのが女性側。

　故に、男性は草食系。女性は肉食系なのだ。

　それから部屋に戻って少し落ち着けば、この世界の俺のことをじわじわ思い出してきた。

　更科一季（いっき）

　それが俺の名前だ。

　カズキと呼ぶと見せかけてイッキという呼び方である。

　鏡を見れば、黒髪、黒目、フツメンな自分の容姿が映る。

　とてもイケメンの三拍子ではないと思うが、実際イケメンではなかった。

　そして、この貞操逆転世界の男女比は―――１：１０。

「なーんだ。案外普通だな」

　男女比１：１００ならば確かに危機感を持たなければいけない。

　だが、この世界の男女比は１：１０。

　男は結構な数いるということ。

　ましてや俺はイケメンではない。

　女性と比べて数が少ない男ということで視線は集められていても、言い寄られるほどモテモテになることはないだろう。

　つまりは……。

「貞操逆転世界だけど、危機感０でも案外平気っぽいな」

　前世の俺とあまり変わらない日常になりそうだ。

　なんだが拍子抜けして、キングサイズのベッドに寝転ぶ。

「貞操逆転世界で割とテンプレのイケメンに転生ではないのかぁ。まあ、元々イケメンでもなかったし、こっちの方が安心感はあるよなぁー」

　なんてぼやきながら目を瞑り、今度は前世の記憶を思い出す。

　最新の記憶といえば、高校卒業間近になってきて友達と頻繁に遊びに行ったこと。

　前世の俺は男友達が多く、馬鹿話や下ネタで盛り上がる健全な男子高校生だった。

　それなりに毎日楽しかったが……心残りはある。

　学校で美少女と呼ばれる存在は遠くから拝むことしかできず、彼女なんてできる気配もなかった。

「この世界では美少女と接点ができて、あわよくば彼女もできればいいな……って、夢見過ぎか。ふわぁ……」

　目を瞑っていたからか、なんだが眠くなってきた。

　俺はそのまま深い眠りへと落ちるのだった。

　貞操逆転世界。男女比は１：１０。

　危機感なんて要らない。むしろ危機感０でも平気だと思っていた俺だったが……。

　まさかあんな事態になるとは、この時は微塵も思ってなかった。