異世界から来た大魔王ですがニホンという国の言語が特殊すぎて翻訳スキルが役に立ちません――身一つの吾輩…この地で成り上がることができるの!?

きょんきょん

大魔王様の憂鬱

「嗚呼、暇だ。なんて暇なんだろう……」  


 玉座に座りたる吾輩の眼下にて、長年魔族を苦しめてきた勇者一行をこの手で殲滅した記念の祝賀パーティーが催されている。


〈大魔王様万歳! 大魔王様万歳!〉


 歓声に応じて片手を掲げると、宴会場は我輩を称える同胞の歓声に包まれ、飲めや歌えやの乱痴気騒ぎが夜更けまで続いていた。


 我輩はというと、人間族の眼球を強酸に浸して作ったピクルスをさかなに、熟成させた血のワインを嗜んでいた。何杯飲んだころで体の渇きが潤うことはない。原因は分かっている――宿敵である勇者を倒したからだ。


 魔族領を散々荒らして回った張本人が消えるということは、つまり恒久的な平穏が訪れたということ。即ち――もう、血湧き肉躍る戦闘に身を投じることが永劫叶わないに等しい。


「大魔王様。あまりお酒が進んでないようですね。ご体調が優れないのですか?」 

「い、いや……そういうわけではない。この宴も虚しいばかりでな」


 はい終了。冒頭からシリアスな展開を心がけたというのに、ほとんど全裸に近いサキュバスが吾輩の膝に腰掛けてきた時点で試合終了、台無しです。ていうか、胸板に垂れかかって上目遣いをしてくるの即刻辞めてはもらえないだろうか……。


 そのスライム以上に柔らかい双丘パイオツが我輩の胸板に押し付けられてるせいで、今にも愚息ゲイボルグが暴発しそうなの。吾輩、歴代最強の大魔王ではあるけど、あっちは駆け出しの冒険者並なの。すぐ逝っちゃうの。


「仕方ない。これも最強の称号をほしいままにする我輩が悪いのだ」


 顔色から悟られないように平静を装ってグラスを呷ると、燕尾服モーニング姿のハイラルが空間転移で目の前に現れた。マジご主人の危機を察して馳せ参じるとか有能が過ぎるんですけど。チュキチュキ。


「おいこら、マーリン。大魔王様にその醜い肉塊を押し付けるでない」

「あら、ハイラルじゃない。失礼しちゃうわね。最側近の悪魔長デーモンロードだからって少し失礼なんじゃない?」

「フン。下等な人間であれば、淫魔サキュバスである貴方の性技に絶頂するかもしれぬが、悪魔の中の悪魔たる大魔王様がその程度の児戯で興奮するわけなかろう」

「児戯なんて言われるのは業腹だけど、言われてみればそうね。確かに悪魔の中の悪魔、全ての女を魅了する大魔王様が、この程度の誘惑テンプテーションで浮かれるわけないか」


 すみません。普通に引っかかってます。息をするように引っかかってます。本音を言えば、今すぐトイレで愚息を解放リリースしてやりたいです。


「少し席を空ける。お前たちも好きに楽しんでこい」


 下半身のムズムズを我慢しながら広間を抜ける。しかし……本当は我輩に食って掛かってくる勇者を相手に戦ってるのが一番楽なんだけど。戦闘大好きジャンキーだし。


 今は一刻も早くトイレに行こうと、廊下を速歩きしていると――背後から自分を呼ぶ声が聞こえて足を止めた。急いでるというのに!


「大魔王様! お待ちください!」

「どうした、バルミューダ。諜報部隊長のお前がそんなに慌てて」

「実は……大魔王様のお耳に入れておきたい情報がありまして」

「ほう。申してみよ」


 勇者を倒して以来、主だった任務が無かった諜報部隊の長が一体何用かと、興味が湧き起こる。


「ここではなんですので、どうぞこちらへ」


 他人に聞かれたくないのか、とある一室に運ばれた我輩はバルミューダの後に続いて、真っ暗な室に足を踏み入れると――突然足元で床が光り始めた。


 瞬時に頭の中で警告音アラームが鳴り響いたが時すでに遅し。我輩を取り囲む謎の魔法陣から抜け出すことはできなかった。


「クソッ、まさかバミューダ……貴様我輩をたばかったのか!」

「貴方は新魔王軍には不要なんですよ。純粋な戦闘力じゃ太刀打ちできませんがね、このの魔法陣さえあれば、いくら貴方が最強だろうが関係ありません。それでは、御機嫌よう」


 我輩としたことが、まさかこんな形で裏切られるとは思いもしなかった。異世界転移の魔法陣は、先々代魔王が異世界から強力な部下を呼び寄せる為に研究したことがあるとは聞いていた。だが、頓挫したままだったはず――。


「クソッ、絶対に戻ってこの手で縊り殺してやる!」


 次第に意識が遠退いていく中で――絶対に戻ってきて復讐を遂げると誓った。

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