十四錠目 女学生たちは典を服用する(閑話)。
ときどき振り返ってみるのだけど、いつから相談を受けるようになったのか、記憶は曖昧だ。相談事は毎回刺激的なのだが、刺激的が定期的に続くとこんな感じになるのかも知れない。
「うちは消しゴム見つけてもらったことあるよ」
「わしゃ小説のタイトル思い出すの手伝ってもろた」
「私は母ちゃんの誕生日のプレゼント考えてもらったねえ」
「ああ、んなことあったっけかな」
にこにこしながら同じ教室の娘さんたちが目の前に座っているが、あたしの機嫌は悪かった。
助けてもらったのを思い出したからちゅ、ってしてくれ、などと言い始めたからだ。
「あのさあ。奉仕してくれたお礼にちゅ、してあげるってなら分かるよ。して欲しいかどうかは置いといてさ。けど、なんで偽薬として諸君のために尽力したあたしがちゅ、ってしなくちゃなんないの」
「怒ってるなあ」
「マジギレやべえ」
「終わったな地球」
「終わらせないように説明したまえというのに」
みんなは顔を見合わせ、口々に言い始める。
「ペットの世話は最後まで見なくてはいけません」
「ただいまを言うまでが遠足です」
「発つ鳥あとを濁さず」
「勝手なことを」
でもまあ、偽薬ではさすがにないと思うけど、薬に依存してしまうという話は聞く。別ち難いものから別れるために、なにがしかの儀式が必要なんじゃないかと考えたりもする。
「ああそうそうそんな感じ。典うまいこと言うじゃん」
「あたしは噺家じゃないんだ」
噺家ではない。ではなんなんだ。
ただの女学生だ。ただの女学生が相談に乗り、相手の世界を出来る限り理解して、ちゅ、までさせてもらって過ごす。
相談に乗らさせて頂いて、ちゅ、までさせて頂く。
あのさあ。
「いいじゃん、人助けできて」
「ちゅ、して欲しいなんて言われてもてもてじゃん」
いやいや、一方的に搾取されているだけではないか。何かをしてあげるだけで満足なんて、神様かなんかかあたしは。
「あたしは、あたしは誰に何をしてもらえばいいのさ」
困ったときはお互い様、お買い物したらお支払い、働いたら報酬。当たり前ではないか。
「でもそれ、偽薬なんでしょ」
「う」
「偽物の薬を使ってどうこうなんて、ちっとあれじゃない」
「うう」
「そもそもあてになんないって自分でも言ってたじゃん。そういうもので報酬とかってどうなん」
「ううう」
アイドルが大勢のお客さんの前で「みんなが大好きだよう」と言ったとする。これはお客さんに対するサービスである。当然そういうものであるとして、お客さんも受け取る。
誰も自分に愛の告白をしてくれているとは思わないのだ。
客商売なのだから、お客さんが大好きなのは当たり前だ。必ずしもお金を払ってくれるから、ってだけでもないのだろうとも思うんだけど、少なくとも直接大好きと言ってくれる場所に出向こうと思えばお金がかかるはずだ。
自分の姿形声のためにお金を払ってくれるなんて。
そう思えば、いやむしろそう思えるひとが、そう思って感謝できるひとがアイドルになれるのかも知れない。従って「大好き」もサービスの一環というばかりではなく、本心も含まれている可能性がある。本心か取引かは線引が難しいが、本心であっても取引としても嬉しく楽しく幸せである、というのがアイドルとファンの美しいい関係と言えよう。
「典はまさか自分をアイドルであるかのように」
「思ったりするかい。まさかというところが引っかかるが」
あたしは悩める女学生のアイドルだ。とはまあ、冗談でもそんな気分にはなれない。が、アイドルってのは偶像だから、本物ではないのだ。偽薬で難局を乗り切ろうとするあたしには、全く筋違いとも言えないではないか。
「では悩める女学生のアイドル典という売り出し方で」
「冗談だ、謝るからやめてくれ」
結局謝るのはあたしのほうかい。
あたしの現実は、アイドルには程遠い。あたし自身の問題ばかりではなく。
あたしの前の席には、放課後になると毎日のように誰かが座って、こっちを向いて話し始める。そしていつの間にか相談を始める。で、うまく行けばちゅ、してくれと後日せがまれるのだけど、だからといって親しくなるとか、あたしの信奉者になるとかはまったくない。それどころか顔を合わせることすらない。
今あたしの前にいる三人の娘たちも、名前すらはっきりしない。同窓生というのはわかっているのだが、明日も会えるかと言うと、これっきりな気がする。
「んじゃね、典。また明日ね」
「ん」
立ち上がった娘たちの背中が、教室の扉を越えていってしまうまで見送る。
この空間に誰かいるのか、いないのか、判然としない。もしかしたらこの世界にはあたししかいないような気分になるときもある。もちろん、気分だけであって、今のところは分別がついているし、つかなくなったらいずれにせよ誰かになんとかしてもらわないとどうにもなんないだろう。
そうか。相談事を聞いているときだけ、彼女たちの状況が好転する方法を考えているときだけ、あたしは他のひとと関わることが出来るのかも知れない。
ちゅ、しろと言われて腹を立てるのは、そんなあたし自身に向けていたのだ。
嫌なら断ればいいんだし。
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