第四章 帰還の魔法陣

第20話 待っていた魔物と折れる剣

 予定よりも少し遅れてしまったが、蒼真と弘祈はどうにかリエンル神殿の近くまでやってきていた。


 リエンル神殿に着けば、後はオリジンの卵を渡すだけである。そうすれば、帰還の魔法陣から地球に帰してもらえるだろう。


 二人が今いるのは湖のほとりだ。


「この湖の真ん中にリエンル神殿があるみたいだよ」


 地図と方位磁石を持った弘祈が言った通り、目の前には大きな湖がある。


 そこには橋が架けられていた。大人が数人、横に並んで歩ける程度の幅があるものだ。


「なるほど、湖の真ん中にあるからここに橋が架かってるってことか。お、あれじゃね?」


 まぶたの上に手をかざしていた蒼真が声を上げると、弘祈も同じようにして遠くを見やる。


「うん、多分そうだね」

「ここまで長かったなぁ……。で、この橋を渡って向こうの神殿まで行けばいいのか」


 蒼真がしみじみとそう言って、ほっとしたような表情を浮かべた。

 そのまま一歩を踏み出した時だ。


 何かに気づいたらしい弘祈が周囲を見回し、すぐに眉をひそめる。


「まだ安心するには早いみたいだよ」


 声を低めながら、蒼真のTシャツの裾を掴んで引き留めた。


「え?」


 これまで浮かれていた蒼真がすぐさま足を止めて、弘祈を振り返る。


「何かの気配がする」


 弘祈の台詞に、蒼真は息を呑んでから辺りの気配を探り始めた。


「確かにいるみたいだな。魔物か?」

「そうだと思う」


 顔をしかめた蒼真が問うと、弘祈も真剣な表情でしっかりと頷いてみせる。


 まだ少し離れているとは思うが、確実に何かがこちらに向かってきているようだ。


 どちらからともなく背中合わせになった二人は、さらに集中して気配を探る。

 気配は湖の方から感じた。


「弘祈、気をつけろよ」

「もちろんわかってるよ」


 蒼真は右手に剣を出し、つかを強く握る。弘祈もオリジンの卵が入ったかばんを大事そうに抱えた。


 そのまま神経を研ぎ澄ましていると、小さく水の跳ねるような音が聞こえてくる。二人は反射的にそちらへと顔を向けた。


 最初は本当にかすかな水音だったが、徐々に大きくなっていく。こちらへと近づいている証拠だ。


 そろそろ姿を現すだろうと蒼真が身構えた時、湖面から何かが勢いよく飛び出した。


「来た!」


 弘祈がその姿を認め、大声を上げる。


 水しぶきを上げながら出てきたのは、巨大な魚の形をした魔物だった。先日の熊の魔物よりもずっと大きい。


 蒼真と弘祈は魔物の上げた水しぶきを浴びながら、その姿をまっすぐに見据える。


「くそ、もうすぐ地球に帰れるのに!」


 蒼真は憎らしげに吐き捨てると、すぐさま地面を蹴って魔物の方へと向かっていった。



  ※※※



「あと少しなんだから邪魔すんな!」


 蒼真は湖から出てきた魔物へと駆けながら、叫ぶような声を上げる。

 もう少しで地球に帰れると思っていたところに邪魔をされて、苛立つのは当然だ。


「ココハ絶対ニ通サン……」


 魔物の地をうような低い声が響き、湖面が波打つ。


「何で神殿の手前にいんだよ! めんどくせーな!」


 魔物のすぐ近くまで迫った蒼真が剣を振り上げた。そのまま思い切り叩きつけるようにして、魔物の身体を斬ろうとする。

 しかし、魔物の身体にびっしりついた硬いうろこが、その攻撃を簡単にはね返した。


「ココニイレバ、卵ガ勝手ニ運バレテクルカラナ」


 攻撃された魔物は特に気に留める様子もなく、素直にそう答えると大きな目玉を細めた。


「くそ、人間のやってること全部バレバレじゃねーか! これも本能ってやつかよ!」


 蒼真が一旦後ろに退きながら、悔しそうに舌打ちする。それから、さらに後方にいる弘祈にちらりと視線を向けた。


「弘祈、絶対に卵を手放すなよ!」

「わかってる!」


 弘祈が大声で返すと、


「よし、任せたからな!」


 蒼真はそう告げて、また魔物に向かっていく。


 そんな蒼真の背中を見送りながら、弘祈はオリジンの卵が入った鞄をきつく抱え直した。


「遅カレ早カレ、私ガ手ニ入レルトイウノニ」


 魔物は呆れたように弘祈を一瞥いちべつすると、今度は蒼真の方に視線を向けて迎え撃つ。その身体は半分近くが水の上に出ていた。


(ここは『アッチェレランド』。だんだん速く、攻撃の手は緩めない。そして確実に仕留める!)


 改めて魔物に接近した蒼真が、顔の横を狙って剣を一息にぐ。だが、やはり鱗で弾き返された。


(それなら次だ!)


 すぐに気を取り直して、次の攻撃に移る。手を止めることは一切考えない。


(鱗の隙間を狙えば、攻撃が通るかもしれない)


 そう考えて、剣をまっすぐ後ろに引いた。斬るのではなく、突くつもりである。


「はあぁぁぁぁあっ!」


 両手で思い切り力を込めて、一気に剣を突き出す。


 鱗の隙間を目がけた攻撃は、確かに通ったはずだった。

 しかし魔物の様子は変わらない。ただ不気味にわらっているだけだ。


 それから、魔物はおもむろに口を開く。


「狙イ自体ハヨカッタカモシレナイ。デモマダマダ甘カッタナ」


 そう言った直後である。

 蒼真は魔物に刺したままの剣に違和感を覚えて、思わず手元に目を向けた。


「……何だって!?」


 剣を見て瞠目どうもくした蒼真は、その柄を握ったまま慌てて後退する。

 魔物から距離をとると、改めて剣に視線を落とした。


「マジかよ……」


 口からは思わず唸るような声が漏れる。


 手の中にある剣。その剣身が見るも無残に途中から折れていた。

 通ったはずの剣は思った以上に刺さっておらず、逆に折られてしまったのである。


「こんなところで!」


 これからどうするか、蒼真にはそんなことを考える余裕もなかった。

 魔物は大きな身体を横に回転させると、尾びれを高く振り上げる。


「くっ!」


 蒼真は斜め上から迫る攻撃に対して、反射的に折れた剣で受け止めようと構える。

 しかし受け止めるのが精一杯で、それ以上は何もできずにそのまま地面に叩きつけられたのだった。


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