第19話 目覚めた弘祈とお礼のカノン
蒼真が薬草を持って無事に宿屋まで戻ってきたのは、早朝になってからのことである。
それから休む間もなく、蒼真は薬草を
宿屋の主人に教えてもらいながら、採ってきた薬草を刻んですりつぶす。そうしてできたものを、今度はじっくり煮つめていった。
「できた!」
数時間かけて出来上がった薬をゆっくり、少しずつ、むせないよう時間をかけて弘祈に飲ませる。
どうにか全部飲ませ終えた蒼真はオリジンの卵を弘祈の枕元に置いて、二人の様子を見ることにした。
少しだけうとうとしかかった時である。
「……う、ん……」
これまでずっと仰向けで寝ていた弘祈が、小さな声を漏らしながら身じろぐ。どうやら目を覚ましたようだ。
「弘祈!?」
弘祈のかすかな声に、蒼真が弾かれたように顔を上げる。
急いで弘祈の顔を覗き込むと、顔色はずいぶんと良くなっていた。
続けて
どちらの状態も良くなっていることに、蒼真はほっとした。
「……あれ……?」
ようやく目をしっかり開けた弘祈は視線だけを動かして、現在の状況を探っているようだ。
弘祈の瞳が蒼真の顔を捉えると、
「よかったぁ……」
蒼真は思わず安堵の声を零し、弘祈のベッドに前のめりになって倒れ込む。
「え、なに? なに?」
そんな蒼真の姿に、まだ状況を飲み込めていないらしい弘祈は、ただ目を丸くするだけだった。
※※※
弘祈が倒れた後のことを蒼真がかいつまんで説明すると、弘祈は驚いたように瞳を瞬かせる。
「僕、途中から記憶なくて……。まさかそんなことになってたなんて知らなかったよ」
「そりゃ、ずっと寝てたんだから当たり前だろ」
むしろ知ってたら怖いわ、と蒼真が首を左右に振り、わざとらしく溜息をついてみせた。
蒼真は弘祈のベッドの傍に小さな椅子を置き、そこに腰を下ろしている。
「それは確かにそうだね」
「だろ?」
苦笑を浮かべた弘祈がゆっくり上半身を起こすと、蒼真は
蒼真の行動に、弘祈はまたも驚いた表情を浮かべる。まさか労わってくれるとは思いもしなかったのだろう。
「熱も下がったし、怪我だって治ったんだから、もう大丈夫だよ」
弘祈は起き上がると、「ほら」と怪我をしていた右腕を蒼真の方に向けた。
確かにもう傷口もほとんど塞がっているようだ。
それを確認して、蒼真がほっとしたように言う。
「それならいいんだけど」
蒼真の言葉に弘祈は無言で頷くと、今度はおもむろに口を開いた。
「で、蒼真が僕のためにわざわざ薬草を採りに行ってきたの?」
「そうだけど、何か悪いのかよ」
弘祈に問われ、蒼真は途端にふてくされたような表情を浮かべた。
不機嫌そうにも見えるその様子に、弘祈がそっと顔を背ける。それからとても小さな声で言葉を紡いだ。
「……別に。その、ありがとう」
今度は蒼真が思わず目を見開く。お礼を言われるとは考えてもみなかったのだ。
「あ、ああ……」
蒼真は頬を掻きながら、ただそれだけを返すのが精一杯だった。すると今度は、二人の間に何となく気まずい沈黙が流れる。
ややあって、沈黙に耐えられなくなった蒼真が大きな声を上げた。
「そうだ、卵の様子見ないとな!」
「あ、そ、そうだね」
どうにか沈黙を破った蒼真の声に、弘祈もぎこちなく返事を返してから、オリジンの卵を手に取った。
二人で一緒になって卵の状態を確認する。
殻についた傷はもう消えていたが、まだ少し元気がなさそうに見えた。色も白に近くなってはいるが、じっくり見るとやや緑っぽいような気もする。
「ちょっと元気なさそうだな」
弘祈の手元を覗き込んだままの蒼真が、そう言って腕を組んだ。
「昨日はヴァイオリンをほとんど聴かせてなかったからじゃないかな。今から弾くよ」
「おい、まだ寝てなくていいのか?」
弘祈の言葉に、蒼真が思わず心配そうな表情をみせる。
そんな蒼真に向けて、弘祈は柔らかな笑みを浮かべた。
「一曲弾くくらいなら大丈夫だよ」
「ならいいけど……」
「そこまで心配しなくても、もう平気だって」
まだ不安げにしている蒼真に、弘祈が「はいこれ」と卵を手渡す。
そのままベッドから下りると、ヴァイオリンを出した。
弘祈が言うのならもう平気なのだろう。ならばもう自分が止める必要もない。
卵を受け取った蒼真はそう考えて、ヴァイオリンを弾いてもらうことにした。
「うん、わかった。今日の曲は?」
蒼真が素直に頷いて訊く。
弘祈は顎に手を当てて数秒考えた後、
「今日は特別に『パッヘルベルのカノン』にするよ」
目を細めてそう答えた。『特別に』ということは、きっと蒼真へのお礼もかねているのだろう。それはすぐにわかった。
弘祈がヴァイオリンを弾き始めると、あっという間に部屋が音楽ホールへと変わる。
蒼真は弘祈の演奏をありがたく受け取りながら、その旋律に身を委ねた。
しばらくして演奏が終わると、二人はまた一緒になって卵を覗き込む。
「色、変わったな。綺麗な色になってる」
「よかったね」
二人は嬉しそうなピンク色になったオリジンの卵を見て、安堵の溜息を漏らしたのだった。
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