第666特殊悪魔対策班

如月香

第0報告書 配属

灰色の空が広がる朝、ミコト・サオトメは重い足取りで警察庁の巨大な建物へと向かっていた。外は曇り、冷たい風がコートの裾を揺らしていた。建物の中に入ると、無機質な蛍光灯の光が廊下を照らし、足音が響き渡る。その響きに、彼女の緊張がさらに高まっていくのを感じた。


ミコトは、一瞬立ち止まり、胸元にあるバッジをそっと触った。エリート候補生として認められた証であり、彼女がここまで歩んできた道の象徴でもあった。しかし、その重みは、これから彼女が向き合う現実に比べれば軽いものだと感じた。


「……行くか」


彼女の目的地は、建物の奥深く、他の職員が滅多に足を踏み入れない場所にあった。薄暗い廊下を抜け、エレベーターに乗り込む。ボタンを押し、扉が閉まると、静寂が彼女を包んだ。エレベーターが下に降りていくたびに、彼女の不安は少しずつ増していく。


ついにエレベーターが最下層に到着し、扉がゆっくりと開いた。目の前に広がるのは、まるで異次元に入り込んだかのような光景だった。薄暗い照明、古びた壁、そして廊下の奥からは何かが壊れたような音が聞こえてくる。この場所には、生き生きとした空気など微塵も感じられなかった。



感じたことのない雰囲気に少し怯んだが、ミコトはその異様な空間へと足を踏み入れた。廊下を進むうちに、幾つかのドアが並んでいるのに気付いた。どのドアも古びていて、まるで長い年月、誰にも開かれていなかったかのようだ。やがて、一番奥の重厚な木製のドアの前で立ち止まった。


「ここが……特殊悪魔対策班……」


深呼吸をし、ドアノブに手をかけると、冷たさが指先に伝わってきた。ドアがゆっくりと開く音が響くと、室内の冷たい空気が一気に流れ込んできた。部屋の中には、無機質な机といくつかの椅子が並んでいるだけ。窓はなく、唯一の明かりは天井からぶら下がった古い電球だった。


その中央に立っていたのは、一人の男だった。背が高く、無駄のない筋肉質な体躯。彼の鋭い眼光が、ミコトを一瞬にして射抜いた。彼の名札には「風間」と記されている。


「サオトメだな?」


低く抑えた声で問いかけられ、ミコトは瞬時に敬礼した。「はい、ミコト・サオトメです」


風間は冷徹な目で彼女を見つめ、その目の奥にある何かが彼女を試しているかのように感じた。彼は一冊のファイルを手に取り、それを無言で彼女の方へと差し出した。ファイルは重く、彼女の手にずっしりとした感触が残った。


「そのファイルを読め。覚悟はできてるな?」


その問いかけに、ミコトは迷いなく頷いた。ファイルを開くと、そこには「第666特殊悪魔対策班」と大きく書かれていた。そして、その下にはいくつもの赤い印が並んでいる。それはすべて、殉職者の名だった。


「ここに配属された新人は皆、それを目に焼き付ける。いつの間にかできた伝統だ」

風間は言葉を続けた。

「この班に入った者は、長くて3ヶ月しか持たないと言われている。それでも、君はこの道を選んだ。確か、君はエリート候補生だったな」


「……はい」


「なら余計に、死なれちゃ困る。この世界の脅威を全て、取り除くまでは」


彼女は目を閉じ、心の中で自分に問いかけた。――なぜ自分はここにいるのか。それは、ただ生き延びるためではない。自分の中にある正義感、そしてエリートとしての誇り。それが彼女をこの場所へと導いたのだ。


「もちろんです。私はこの任務を遂行します」


彼女の決意のこもった声に、風間はわずかに頷いた。その瞳には、わずかながらも彼女を認める光が宿っていた。


「いいだろう。君の新しい上司、班長に会いに行け。彼女は厳しいが、信頼できる人物だ」


その言葉を背に、ミコトは再び廊下に戻った。冷たい空気が再び彼女を包み込むが、今度はその冷たさに動揺することはなかった。廊下の先に見えるドアを目指し、彼女は一歩一歩進んでいく。


これが、彼女の新たな運命の始まりだった。

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第666特殊悪魔対策班 如月香 @Kaoru_Kisaragi

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