第四十九話 視線に込められるは


 唐突に唯にショックを与えてしまうというアクシデントにこそ見舞われてしまったが、その後は特に何もなく時間は進み、そのまま颯哉と真衣も戻ってきた。

 颯哉は手にラーメンと焼きトウモロコシを抱え、それに寄り添ってきた真衣はぱっと見では判別しづらいが……あれは、サンドイッチか?


 それぞれに違ったものを選んできたようで、彼らが机に戻ってきた途端、一転して騒がしい空気に包まれた。


「いやー、混んでた混んでた! 危うく長蛇の列に巻き込まれるところだったわ」

「そうそう。もう少し並ぶのが遅れてたらもっと遅くなるところだったよ」

「んな短時間で人が増えるもんか……? って、ほんとに増えてるし……」


 先ほどまで自分たちが並んでいた店の列を振り返って確認してみれば、確かに凄まじい行列へと成長しているのが見て取れた。

 あいつらがあと少しで巻き込まれていたと言うところを見るに、颯哉たちが並び始めた少し後で列が伸びていったんだろう。


 いずれにしろあの渋滞にはまる前に戻ってこれたのだから、結果オーライだ。


「買うまで結構迷ってたんだけどさ、結局これにしちまったわ」

「お前……ラーメンとトウモロコシってどういう食べ合わせだよ」

「食べたいもん選んでたら自然とこうなったんだよ。ほっとけ」


 どちらも単品で見れば美味いものであることは間違いない。

 間違いないのだが……その組み合わせには疑問を抱かざるを得なかった。


 夏っぽいと言えばその共通点も無きにしも非ずだが、やはり変わったコンビであることに変わりはないな。


「唯ちゃんは焼きそばにしたんだね! ねっ、私のサンドイッチと少し交換しない?」

「もちろんいいよ! あ、でもこのお箸口付けちゃったから、新しいのもらってくるよ!」

「それくらいなら私が取ってくるよ。ここに座って待ってて!」


 男子で何ともいえない空気を作っている一方で、女子二人は和気あいあいとした会話を繰り広げていた。

 二人とも美少女ということもあり、ああして会話をしているだけでも絵になるくらいの容姿を持っているので周りからの視線を独占している状態。

 先ほどあのようなことがあったばかりなので複雑な感情になるが、右隣に座っている颯哉はそんなこと意にも介さず食事を頬張っていた。


 普通なら恋人がジロジロと見られていたら何かしら思うところがありそうなもんだが…こいつの場合、大して気にもしていなさそうなのが不思議なものだ。


「…なぁ、こういうのもあれだけど、唯と真衣が見られてることに何か思ったりしないのか?」

「ん? あぁ、その辺のやつらのことか?」

「そうそう。こうも注目されたら彼氏として複雑になったりもするだろ」


 颯哉のおかしな態度に対しての疑念……と言うわけでもなく、純粋な好奇心で聞いてみた。

 こいつらほどの美男美女ともなればそりゃ日常的に見られることには慣れているだろうし、それを気にも留めないことにも納得はできるが、それにしては随分と堂々としているように思えたのだ。


「俺からすれば、今更なことでもあるし……それに、一種の自慢でもあるな」

「自慢?」

「周りからそんだけ見られるってことは、そんだけ真衣が魅力的な女の子ってことだろ? ならそんな真衣と付き合えてる俺のことが羨ましいだろ! って感じだ」

「はー……。まさかそんな理由があったとは」


 颯哉の言い分に少し感心してしまう。

 確かに言われてみればそこらからの颯哉と真衣に注がれる視線は、思い返せば嫉妬というより羨望を含んだものが多かったかもしれない。

 時折出かける機会があった時にはそんな類の感情を向けられている気がするし、こいつらなら仕方ないとでも思われているのだろうか。


 颯哉も真衣も傍目から見ればお似合いの二人だし、それは友人として見てきた拓也も常日頃から感じていることだ。

 そしてそんな自分に自信を持っているからこそ、このような堂々とした態度を貫けている、ということか。


 …俺からすれば到底出来なさそうな思考だ。


 ちなみに、今降り注がれている視線の大半は唯と真衣に向けられているものだが、残りのわずかな割合で集められているのは、拓也に向けられた懐疑の感情を含んだもの。

 さっき波のプールで唯と二人きりでいた時にも感じ取ってはいたが、実際にこうして見られてみると案外はっきり伝わってくるものだ。


 大方、『何であんな冴えないやつが』とか『絶対釣り合ってない二人だな』だとか思われているんだろう。

 直接言葉をぶつけられたわけではないが、言われずともわかる。

 多少へこみこそするが自分でも冴えないことや、パッとしないことは自覚しているし、それくらいは唯という美少女と一緒にいる以上避けられないものだ。


 そう考えていれば多少は飲み込めるものだし、いちいち反応していればキリがない。

 …しかし、本人が納得していたとしても、それ以外の者が納得するかどうかはまた別問題だ。


「むぅー……。なんか失礼なことを考えられてる気がする!」


 頬を膨らませながらちくちくと刺すように拓也に向けられた視線に、抗議の意を示すのは他でもない唯だった。

 彼女は自分に向けられたわけではないというのにそこに込められた思考を読み取り、その上で怒りを露わにしていた。


「多分釣り合ってないとかそういう感じのことだろ? 間違ってもないし、否定しなくてもいいよ」

「でも! 拓也くんの良さを外見だけで判断されるのは納得できないよ!」

「そう言ってもらえるのはすごい嬉しいけどな……」


 こうして自分のために怒ってくれるのは嬉しい反面、否定も難しいので苦笑してしまう。

 彼らの考えていることをひっくり返すためにはそれこそ、拓也が唯に釣り合うくらいになれれば一番なんだろうが、あいにくそんな魅力は自分にはない。

 どこまでも地味な雰囲気を隠し切れない自分では、彼女とは並び立てていないのだから。


 そしてそれを正直に告げれば、まさに怒髪冠を衝くといった勢いで憤慨されてしまう。


「そんなことないよ! 拓也くんのかっこよさは外見じゃなくて中身なんだから! それを他人にとやかく言われるなんて腹が立って仕方ないよ!」

「けどなぁ……」

「…謙虚なのは拓也くんの長所でもあるけど、同じくらい自己評価が低いのも困っちゃうよ」


 自己評価が低くしているつもりはない。

 俺は本心から釣り合っていないと思っているし、そこだけは第三者の意見が正しいとも思っている。

 だがやはり、唯はそこにだけは同意してくれないようで、困ったように眉を下げてしまう。


 そして、そんなところに真衣が口を挟んできた。


「外見か……。まぁ拓也って髪で隠れがちになってるから気づかれにくいけど、それなりに顔立ちは良い方だと思うんだよね。セットとかしたりしないの? この前やってたみたいにさ!」

「この前って……出かけてた時のやつか? あれって結構面倒なんだよな……」


 テスト終わりに一度唯と遊びに行ったとき、拓也は髪をオールバックにして外に出かけていた。

 本人からすればあれは変装も兼ねて行っていたことなので、日常からああしたいとは思っていなかった。


「あー、あれか! 確かにあん時の拓也ってかなり爽やかな感じだったよな。何で今日してこなかったんだ?」

「それは行き先がプールだったってのと……あと、お前らが俺を騙して連れてきたからだよ! 忘れんな!」

「あ、やっば。そうだったそうだった」

「こいつ……」


 連れてきた張本人のくせに忘れていたらしい颯哉を引っぱたきたい衝動に駆られるが、ぐっとこらえる。

 …それは一旦脇に置いておこう。

 外見を変えるなんて一口には言っても、単に髪型を変えたくらいで他人からの評価が一変するのなら苦労はない。

 それで見た目が多少マシになったとしても、あふれ出る野暮ったさが消えるわけではないし、大きく改善されるわけがない。


「結構いいアイデアだと思うんだけどなぁ……。あっ、そうだ! ねえねえ唯ちゃん。拓也が格好良くなったところとか見てみたくない?」

「ふぇっ!? い、いきなりそんなこと言われても……!」

「そんな深く考えなくても良いからさ! 拓也もちゃんと整えてやれば、それなりに良い線いくと思うんだ。どうかな!」

「う、うーん……!」

「こらそこ。唯を困らせんな」


 腕を組んで真剣に悩み始めた唯に滲み寄りながら、巻き込み始めた真衣を押さえ込んでおく。


「だってさー! せっかく素材はいいんだからもったいないじゃん!」

「もったいないとかそういう問題でもないだろ……。唯もそんな真剣に考えなくても──」

「…み、見てみたい……かな?」

「おお! やっぱりそうだよね!」

「…まじか」


 逆転ホームランだと言わんばかりに顔を輝かせ、これでどうだというドヤ顔をかましてくる真衣に若干イラっとしつつも、内心唯の反応が意外だったことに驚いている。

 颯哉と真衣がいくら言ってきたところで変えるつもりなんて微塵もなかったが……こうなってくるとまた話が変わってきてしまう。


 彼女が見たいと言ってくれるのであれば……まぁ、たまにならしてもいいかと思ってしまうのは、かなりやられてきている証拠なんだろう。


「…またいずれな。機会があったらやるよ」

「う、うん! 無理はしなくていいからね…?」

「…聞いた、颯哉? 私らがどんだけ言っても動かなかったのに、唯ちゃんが言ったら一発だったよ、一発」

「もう陥落しかけてる寸前だし、あとは時間の問題だろう。残りはどんだけきっかけができるかにかかってるな…!」

「聞こえてんぞ、そこの二人。思いっきりぶん殴ってやろうか?」

「「すみませんでしたー!」」

「……ったく、余計なこと言うな」

「…うふふっ」


 何やら怪しげなことを相談し始めた颯哉と真衣を押さえ込んでおけば、その一連の流れを見ていた唯が口を押さえながら微笑を浮かべる。

 そんな彼らの輪の中には、既に周囲の視線のことなど頭になく、残っているのはいつもと同じような穏やかな空気だけだった。

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