第四十五話 頼れる人


「んで、まずはどこ行くよ? こんだけあると選びたい放題だが」

「はいはーい! 私、波の出るやつ行ってみたい! なんか楽しそうじゃん!」


 この敷地内にはプールの全体像を現したマップなんかも各所に設置されていたので、先ほどそれを見かけてきたが、移動だけでもそれなりの距離がある。

 なので赴く場所は厳選した方がいいとも思うが、それでは楽しめないだろうと皆から意見を募る。


 すると、真っ先に手を挙げたのは真衣。

 彼女が候補に挙げてきたのは、一定時間ごとに波を発生させてくる仕組みが備え付けられているものだった。


 人工的なものとはいえ波が出ればそれなりのインパクトにはなるだろうし、楽しむにはもってこいだろう。


「なら、そこに行ってみるか。他に行きたいとことかないか?」

「俺はそこでいいぞ。そういうのも久しぶりだからわくわくしてくるぜ!」

「私も大丈夫。ただ、その……私は浅い場所で待ってても良いかな?」

「ん? 唯は波とかダメなタイプだったっけか」


 全員からの確認は取れたが、唯が気まずそうに離れていることを提言してきたので、念のために理由を聞いておく。

 もし行きたくない理由でもあるのなら無理に連れて行こうとは思わないし、その時は唯を一人にもしておけないので颯哉と真衣の二人で行ってもらってもいい。

 そこまで考えたあたりで、彼女から事情が語られる。


「波が苦手というわけでもないんだけど………お、お恥ずかしながら、泳げなくって……」

「あー……。唯ちゃんってそういえば運動系苦手だったもんね。すっかり忘れてた」

「…そういやそんなことも聞いたことあったな」

「別に水が苦手だとかそういうわけじゃないから、普通に遊べるはするけど……あまり深いところに行ったりするとちょっと怖くて……」

「だったら俺も唯と一緒にいるよ。颯哉たちは深めのところまで行ってきたらどうだ?」

「そ、そんな私に付き合わなくてもいいよ!! 拓也くんもみんなと楽しんできて!」


 真衣も言っているように、唯は運動が比較的苦手な傾向にある。

 全くできないというほどではないが、その身長が仇となってしまい機敏な動きがしにくいのだ。

 水泳も同様に手足も小さめな唯では水中をかくのに必要な筋肉が足りず、あまり得意ではないのだろう。


 ならば仕方ない。

 こればかりはすぐにどうこうなるものでもないし、本人の意思を無視してまで押し通すことでもない。


 そう思って拓也が唯に付き添うと言ったのだが、遠慮されてしまったと思ったのか両手を前に突き出してぶんぶんと振っている。

 しかし、彼からすればこの状況で彼女を一人にしてしまう方がありえない。

 今でこそ拓也と颯哉という男二人がいるから何も起こらないでいるが、そのまま一人になんてしたら見知らぬ者から声をかけられること間違いなし。


 楽しさを満喫しに来た上でそんなことをされれば不快な思いになるだろうし、俺としてもそんなことは望んでいない。

 それを考えれば、彼女についていくくらいは何てことの無いことだ。


「ここは拓也に頼っておいた方がいいよ、唯ちゃん。こーんな人混みで一人でいたら何されるか分からないし、ちゃんと守ってもらいな?」

「真衣……うん、わかった。じゃあお願いしても良いかな?」


 話を大人しく聞いていた真衣も助け船を出し、ようやく納得してくれたようだ。

 別にこれも悪いことではない。


 颯哉たちだって拓也たちと遊びたいというのは嘘ではないだろうが、それでも真衣と二人きりで過ごしたい気持ちだってあるはずだ。

 結果論ではあるが、それに間接的にでも協力できるのなら決してまずいことばかりではないし、むしろ良いことさえ招いてくれているだろう。


「任せておけ。つっても颯哉ほど頼りがいがあるわけじゃないから、過度な期待はしないでくれよ?」


 どこかのタイミングで唯に魔の手が差し伸べられるのであれば、当然割って入ってやるつもりだが、自分なんてただのひょろい男だ。

 颯哉くらいに整った顔立ちやはっきりと鍛えられた体でもあれば違ったのかもしれないが、これでは大した牽制にもならないだろう。


 あまり役に立てないことに不甲斐なく思うが、それを聞いた唯は何が面白かったのかクスクスと笑っている。


「そんなことないよ。…私にとっては、誰よりも頼りにできる人だからね」

「っ! ……そうかよ」

「うん! だから、ちゃんと守ってくれる?」

「確証は持てないな。けどまぁ……最大限力は尽くすよ」

「うっふふ! …そういうことを言ってくれるから、寄りかかっちゃうんだよね」


 確実に守ってやれる保証なんてできない。

 だが、自分にできることはしてやれると言えば、その答えに嬉しそうに笑顔を向けてくれた。


「早く行こうぜー! もうすぐ波が来る時間らしいぞー!」

「唯ちゃんも早く早くー! 置いてっちゃうよ!」

「あんま先行くな! 焦ると転ぶぞ!」

「もう、真衣ったら……。待ってよー!」


 いつの間にやら前に進んでいた颯哉と真衣の後を追う。

 先に行こうとしている彼らに若干呆れながら……そして、晴れやかな表情になりながら早足になっていく唯を横目に、拓也も駆け足になっていた。




「はぁー……。こりゃまた大盛況だな」

「随分人がいるな。時間を考えれば当たり前なんだろうけどさ」


 波の出るプールは一定周期の時間で波が発生させられるということで、その予定時間が近づいてきたことでその人だかりもすごいことになっていた。

 波が出るであろう前面にはやんちゃそうな子供たちなんかが固まっており、その工法では保護者と思われる大人たちがそれを見守っている光景なんかも見られる。


 もちろんそれ以外にも、友人同士で集まっている集団なんかも見受けられるし、様々な人が集まってきているのが分かる。


 そして、そんなごった返したこの混雑に今から俺たちは突っ込むということだ。


「颯哉! 前の方行こうよ! やっぱりこういうのはでっかいのくらってなんぼでしょ!」

「お、おう……! そ、そうだな!」


 あまりの人の多さに圧倒されていた颯哉だったが、こういった変わったものを前にするとテンションが高まっていく真衣の手に引かれて、半ば強制的に最前線へと連れていかれていく。

 あいつが怖気づくところなんて久しぶりに見たが、その心情も分からないでもない。

 いくら安全性が確保されているとはいっても、その規模もはっきりしていない波に自らさらわれにいくのだから、それなりに勇気は必要だろう。


 …まぁ颯哉に限っては、勇気を振り絞る暇もなく連れていかれたので、ご愁傷様とだけ言っておこう。

 それにそっちの方は、そっちに任せておけばいい。

 こっちはこっちでゆっくりと楽しんでおけばいいのだから。


「にしても、ほんと密集地帯だな。人混み酔いとかしてないか?」

「それはしてないから大丈夫! これくらい浅かったら安心して楽しめそうだし、思ってたより急斜面でもないんだね」

「小さい子供もいるし、それに合わせられてるんだろ。いきなり水深が深くなって溺れたりしないようにな。だから唯も安心………あっ」

「…うふふ。それってどういう意味かな? もしかして、私が子供並みに小さいからとか、そういうこと?」


 口にしてからそれが失言だと気が付くまで、そう時間はかからなかった。

 一瞬にしてその上品な笑みを深め、笑っているはずなのに肩に圧し掛かってくるような圧力を放ってくる唯の雰囲気は言い表せようもないほどの恐ろしさがある。


 やはり身長に関する話題は彼女にとっての地雷なようで、普段は言葉にしないようにと気を配っているのだが、この場の非日常感がうっかり口を滑らせてしまったようだ。

 一気に不機嫌になってしまった唯に、やらかしたと思うが全て後の祭り。


「もう! さすがにそこまで小さくはないんだからね!」

「ごめんて…。そういう意図で言ったわけじゃないからさ……」

「子供扱いしてー!」

「子供扱いなんてしてないから、悪かったよ……ん?」


 ぷんぷんと怒りを表現してくる唯は、言ってしまっては何だが非常に愛らしい。

 そしてそんな無邪気な姿が拓也だけでなく、周囲の注目の的にされるのも、ある意味では必然のことだったのだろう。


(こんだけレベルの高い美少女が居ればそうなんだろうけど……いい気分はしないな)


 否応にも集められる周りの目。

 それが今の拓也にとっては……不快にも思えるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る