その他

改訂前の本編第一話

あの広い空に、重そうな黒い雲が一面に貼り付けられているので、昼過ぎにも関わらず街は、黒みがかった色の水に沈んだように暗い。

そんな暗くて黒い街には建物がたくさん集まっていて、その建物同士の隙間には、一層暗い影のたまる路地裏があった。

暗い街の中で、路地裏は一段と暗く、この昼過ぎにも関わらず、夜のように暗い。


この路地裏も例に漏れず暗く、曇り空の陽の光でさえ入っていなかった。

まるで夜中の廊下ろうかのように暗く、数歩先の景色は黒い闇に埋まっていて何も見えない。

暗いとなりを見ればびた室外機が数台並んでおり、その一つ一つがプロペラを回して、犬がうなるような低い音と冷たい風を吹いている。その足元ではネズミが走り、時より転がっている空き缶にぶつかって、ガランとにぶい音を暗闇に放っていた。


そんな路地裏だったが、進んだ先に、少し明るい場所があった。

例えるなら雨の日の午後といった感じで、その上を見上げれば黒い曇り空があり、そこからのかすかな陽がアスファルトをぼんやり照らして、足元を走るネズミの灰色がなんとか認識できるほどだった。


そこへ、焦茶色こげちゃいろのロングコートを羽織った、一人の大学生ほどの歳の女性が現れた。

その黒いズボンのスーツを着た低い背と、胸元にまっすぐ垂れ下がっている黒のネクタイ、茶色がかった短く柔らかい髪に、上からかすかにす光を浴びている。

光を受けたその肌は異様に白く、まるで、これまで外に出たことがないのではないか、というほどで、少し不健康な感じがあった。

自身の足元のネズミを見つめるその目は穏やかで、優しげだが、その目元には黒いくまが浮かんでいる。

彼女の名前は、香里こうりナオといった。


ナオは寒さに冷えた自身の両手に息をかけると、その手同士を握り合わせたりして温めた。

そうしながらも彼女は、自分の足元で走り回るネズミを眺めていた。

グレーのその小さい毛並みが、自分のスーツの足元をチョロチョロと素早く、そして懸命けんめいに動き回っている。

ナオはそれを、その場に少し屈んで見守っていると、なんだか心が温まる感じがして、自然と微笑ほほえんでいた。

少しの間そうしていると、ネズミはどこかへ走り去ってしまった。

ナオはそのネズミの背へ小さく手を振ると、その穏やかな声で「じゃあね」と小さく別れを告げ、「あの子は元気でやっていけるかな」とかポツンと思いながら、自身も立ち上がり、この路地裏を歩き始めた。


暗がりの中を少し歩いたナオは、あるドアの前に立ち止まった。

STAFF ONLY従業員以外立ち入り禁止』と、剥がれかけの赤い文字で書かれた、飾り気のない無機質な銀色のドアだった。

立ち止まったナオは、自身の首元でネクタイを軽くめなおすと、辺りに漂う冷たい空気を、ゆっくりと吸い始めた。

光の位置によって、ナオの顔に影が浮かんでいる。

ナオは吸った息を長く吐くと、その手を自身の腰へ伸ばし、そこから、銀色のリボルバー(S&W-M686)を取り出した。

その短い(2.5インチ)銃身がかすかな光を受けて、ナオの白い手の上で刺すような銀色に輝いている。

その光が、ナオのくまのある目にまぶしい。

ナオは冷たい重みを感じながらリボルバーを操作し、ナオの細い手指でその弾倉だんそうへ、焦茶色こげちゃいろのコートの内ポケットから取り出した金色の銃弾(357マグナム弾)を六発、慣れた手つきで装填そうてんすると、右手にリボルバーを、その重みを確かめるように握った。

そして目の前にあるドアへ、事前に入手していた合鍵を左手ですと、冷たい感触のノブを握り、右手の親指でリボルバーの撃鉄げきてつを起こすと、ドアを開けた。


開けた先は、バーのカウンター裏だった。

空のグラスや皿、食器、お酒の入った瓶がたくさん並べられていて、それらが店内の金色の照明に照らされて、薄暗い中で豪華そうにきらめいている。

水道の匂いのする、カウンターのステンレスのシンクの前には、若い店員の男がいて、皿を洗い終えた直後なのか、手を濡らして立っている。

そのカウンターの向こう、店内の奥からは、男二人が話し合っている低い声が聞こえてきている。それ以外に聞こえる音といえば、空調の回るかすかな音だけで、静かだった。


その立っている店員の男は、鍵を閉めていたはずの裏口を、ナオが平然と鍵を開けてそこへ立っているのを見ると、不思議そうな顔をして、丁寧な感じの口調で

「どちら様でしょう?」

と言った。

が、男はナオがリボルバーを握っていることに気がつくと、その顔に汗を浮かべ、店内の奥へと焦って振り返り、助けを求めるような必死な大声で

「店長!殺し屋が来ま───」

ぜた銃声の後、男は床へと勢いよく崩れ落ちた。

ナオの握っているリボルバーの銃口から、煙がのぼっている。

床でうめく男は、撃たれたその胸から血がドクドクとあふれているのを手で抑えながら、その血走った目を震えさせてナオをにらみつけている。

ナオはその様を隈のある生気のない目で見つめると、リボルバーの銃口を男の脳天へ向け、撃鉄げきてつを起こし、

引き金を引いた。

ぜる銃声と光、男は脳天から血を小さくき、その目をただ球体のように死なせて、生温かい血の海の床で動かなくなった。

男から散った血が、置かれた皿やグラスに赤く飛んだのを横目に、ナオはリボルバーの撃鉄を起こすと、カウンターの向こうへと銃口を向けた。

するとその先に、もう一人別の男が飛び込むように現れた。

散弾銃ショットガンを持って、その銃口をナオへ向けようとしている。

が、次の瞬間に男は脳天から血をき上げ、血を撒きながら人形のように床へ崩れ落ちると、手から散弾銃ショットガンを放して、静かに倒れたまま動かなくなった。

ナオはその腕に走り抜けた射撃の反動を感じながら、素早く撃鉄を起こし、バー店内の奥へと狙いをつける。

そのソファ席、一人の男が立っていて、今まさにその腰から拳銃を抜いた。

が、男が拳銃を引き抜いたその手は、次の瞬間に撃たれて血をき上げ、指が水気みずけのあるバラけた肉片となると、たちまちそこらへボトボトと落ち、拳銃を床へ落とした。

男の顔が苦痛に歪み、叫び声を上げようとした時だった。

その脳天で血がき上がり、頭に穴の空いた男はその場で床へドサリと倒れ、その振動が血の床をつたうと、静かに動かなくなった。


ナオは自分が男たちをあやめたことを、その隈のある目で見て確認すると、その銃口を静かに下げた。

そして、店内に充満した血の匂いにむせ返り、一人でき込んだ。

その握ったリボルバーの銃口からは煙が細くのぼり、ナオのせきに合わせて、波打つように揺れた。

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