第3話 中津川刑部の目的
「僕は未来の世界の魔法使いで、とある目的のために時空を超えた」
美乃もまたジッと成行を見つめて、静かに耳を向ける。
「実はある人の依頼でね。この時代に暮らしていたとある子どもの行方を捜してほしいと頼まれた」
ここまで話した内容は成行がたった今、考えついた設定。本当の
美乃の表情を見る限り、疑われている素振りは無い。それを確認しつつ成行は話し続ける。
「僕はその子どもの様子を見るために、この時代へタイムリープした。さっきの一年生の女子に見つかったのは僕のミスだけど―」
成行は苦笑しながら語る。
「中津川君、どうしてその子どもを捜す必要があるの?」
美乃は目的の核心をついてくる。確かにそれは知りたいポイントだろう。しかし、それも織り込み済みで成行は話していた。
「それは答えられない」
頭を横に振りながら校舎の壁へもたれ掛かる成行。その答えに美乃の表情が少し曇る。
成行は美乃を一瞥する。彼女の表情を目にした彼は感心した。やはり御庭番というだけある。動揺する素振りは必要最低限しか見せない。ならば、それはそれで構わない。
「どうして答えられないの?」
「それを答えると未来を変えてしまうから」
成行は美乃の問いに即答する。
「未来を変えてしまう・・・?」
成行の答えに怪訝そうな表情をみせた美乃。すると、成行はもう一度彼女へ視線を向けながら語る。
「そう。小木さんも御庭番ならわかるでしょう?タイムパラドックス。それを起こしてはいけない。だから、僕が許されるのは過去を観測することだけなんだ」
そこまで話して成行は口を閉ざす。この作り話に対して、美乃の反応を窺うためだ。
小木美乃が御庭番ならば、下手な嘘は通じないだろう。が、同時に下手な動きもしないはず。何か重要な任務を匂わせれば、
「時代は違えど、僕も御庭番なんだ」
成行の言葉を聞いた美乃の表情と目付きが変わった。先程のような鋭い目付きで強い警戒心を感じさせるが、敵対心までは感じさせない。彼女は成行から視線を外すと、少し考える素振りをした。
「いいわ。そういう事情なら、簡単に話せないのも仕方ないわね」
そう言って自身も校舎の壁にもたれ掛かった美乃。
「けど、だからといって中津川君を見逃せないから。それは覚悟してね」
念を押すように言う美乃。
「勿論。小木さんには迷惑をかけないようにする。せっかく助けてもらったんだから」
自らの言葉に一瞬、心が締め付けられるような思いがした成行。
思わず吐いた嘘。自分が御庭番だという嘘。それが思いの外、心苦しい。最初は
助けてもらった人に嘘を吐く。その事実が重い。しかし、それでも話すのを止めない自分がいる。
だが、考えてみれば自分は元いた
「小木さん、お願いがある。僕の目的を達成するために力を貸して欲しい。僕は僕の任務を終えたら、元の時代へと帰らないといけない。それまでの間だけでいいから」
成行は美乃に対して深く頭を下げた。
そんな彼を見つめて黙って考える美乃。
成行と美乃の間に沈黙が生まれる。それとは対照的に、グラウンドを走る運動部員の声が青空に木霊する。
視線を落として考えていた美乃は顔を上げると成行に尋ねる。
「私は具体的に何をすればいいの?」
「任務を成功させるため、僕の存在を秘匿にして欲しい」
成行の答えにまたも沈黙する美乃。すぐには回答できない返事なのは仕方ない。成行は美乃の返事を待つ。
「この時代の魔法使いや御庭番に僕の存在が知られるのはマズイ。まぁ、小木さんに見つかっている時点でピンチだけど─」
自嘲気味に言う成行。それを聞いた美乃も苦笑する。
「でも、私が黙っているだけでは何とかならないわよ?恐らく中津川君の
美乃の深刻そうな表情が成行の危機感を煽る。だが、言われてみれば当然。自分を見つけたのが御庭番の少女なのだ。御庭番の上層部が探知していないはずがない。
しかし、そうなるとこの時代のアリサが時空移動に気づかなかった理由は何なのだろう?やはり、そこが気になる成行。
「中津川君、とりあえず学校を離れましょう。ここにいるのはマズイわ。追手が来たら面倒よ?」
これは美乃の言う通りだ。成行は決心したように彼女へ視線を向ける。
「わかった。学校を離れるよ」
「でも、中津川君。行くあてがあるの?」
「それは・・・」と言って口ごもる成行。正直、それが無い。しかも、この時代の雷鳴をあてにすることができない。そう考えれば、今更ながらこの時空移動は無謀なチャレンジと言わざるを得ない。
それに、この時代の雷鳴やエルフ忍者の風魔小太郎も時空移動に気づいている可能性が高い。この点に早く気づかねばならなかった。この時代の二人に見つかれば、ややこしい事態になるだろう。
「何もアイディアが無いようね?それでよくもタイムリープなんて大それたマネをしたわね」
美乃は呆れ気味に言う。
「詳しくは話せないけど、急な話でもあったから・・・」
少し焦り気味に答えた成行。
しかし、美乃はそれ以上の詮索をせずにこう言う。
「いいわ。とりあえず、安全な場所へ案内するわ」
美乃は成行の手を引いた。文学少女の真剣な眼差しがとても頼もしく感じた。
「協力してくれるの?」
「協力?それは中津川君の行動次第よ?勝手なことは許さないから。私は監視役として一緒に行動する。いいわね?」
美乃はそう言って少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「うん、わかった。よろしくお願いします」
ここは美乃の言葉を信じるしかない。成行は美乃の申し出を受け入れることにした。
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