第3話 「見覚えの無い人」

 突如、音楽室に現れた女子生徒。眼鏡をかけて、チョコレートブラウンのロングヘアをおさげの三つ編みにしている。その出で立ちは絵に描いたような文学少女であり、図書室で借りてきた本だろうか、彼女は単行本を片手に音楽室へ入ってくる。


「『図書室に来て』って言ったのに、どうして音楽室にいるの?」

 そう言って文学少女は親しげな様子で成行に近づいてくる。


 誰なんだ、この子は?目の前にやって来た文学少女に全く心当たりがない成行。

 過去にも未来にも、出会ったことのない女の子。利発そうで、いかにも読書好きな雰囲気。こうして間近で見ると、真面目そうで、明るくて社交的なのが一目でわかる。


 だが、これは誰かと勘違いされているのか、それとも時空移動タイムリープの影響か。困惑しながら答えに迷っている最中も、文学少女は成行に話しかけてくる。

「急いで。本の整理って想像以上に手間なんだから。時間も無いし、一年生の面談を邪魔しちゃダメよ?」

 文学少女はそう言って成行の手を引く。突然、手を握られたので思わずドキッとした成行。と同時に、やはり誰かと勘違いされていると思った。


 すると、成行と文学少女のやり取りを見ていたアリサが問いかけてくる。

「すいません。二人は何年生ですか?」

「私たち?二年よ」

 即答した文学少女。彼女はそのままの勢いでアリサへ話す。


「私たちは本の整理があるから、急がないといけないの。それなのに、どうしたら音楽室にいるのって話」

 呆れたような表情で話す文学少女。彼女の視線は成行へ何かを訴えかけている。それを感じ取った成行はとっさに答える。

「ゴメン。授業で忘れ物をして、それで音楽室に探しに来たんだ」

 アリサと時直ときねに話した内容と整合性が取れた回答をする成行。


 すると、文学少女は再度アリサと時直へ視線を向ける。

「二人は面談でしょう?邪魔しちゃってごめんなさい。ほら、二人に謝る」

 文学少女は、成行にアリサと時直へ謝るよう催促した。

「すいませんでした。忘れ物は見つかったので大丈夫です」

 促されるまま頭を下げた成行。このまま文学少女の話に合わせるのが得策だと判断した。


 顔を見合わせたアリサと時直。すると、アリサは一言だけ「わかりました」と述べた。

 それを聞いた成行は顔を上げてアリサを見た。彼女の表情からは何か釈然としていない様子が伝わってくる。何かまだ疑われているようだ。


「じゃあ、私たちはおいとまするから」と、愛想の良い笑顔を見せた文学少女。

「さあ、行きましょう」と、彼女は成行についてくるように促す。

「うん。今、行く」

 短く答えると、成行は文学少女に続いて音楽室の扉へ向かう。

 何だか知らないが、上手くいった。このまま音楽室を脱出することに成功しそうだ。そう思う成行の足取りはいささか速い。


「待って下さい!」

 音楽室を去ろうとする成行と文学少女をアリサが引き留める。

「先輩たちの名前は?」

 余計なことを聞いてくる。成行は心の中で頭を抱える。咄嗟とっさに偽名を考えるが、彼よりも早く文学少女が回答する。

「私たちはミステリー好きな二年生コンビ。私たちの謎に迫るのがアナタたちに課された宿題よ」

 そう言ってウィンクすると、文学少女は再び歩き始める。彼女の答えに、思わず困惑した様子で顔を見合わせたアリサと時直。


「じゃあ、そういうことで」と、成行も文学少女に続いて音楽室の扉を通過する。こうして成行は最初の関門を突破した。


 音楽室の外は10年後の世界とだった。ほぼ同じというのは、微妙な違いを感じるから。壁や廊下の塗装。そして、掲示物やロッカーなどの設備。

 一部違う点はあるが、基本的な校舎の構造は変化がない様子。それを目にして、少し安心した成行。過去の世界とはいえ、自分の知らない全く違う世界ではないことに安堵する。


 廊下へ出たところで、前を歩く文学少女が不意に振り返る。彼女はニコッと微笑むと成行に近づく。

「ねえ、キミ。この学校の生徒じゃないわね?」

 ニコニコしながら尋ねてくる文学少女。それに対して、自分の顔が引き攣っていることに気づく成行。

 だが、冷静に考えてみれば当然だろう。未来でも過去でも、見覚えのない少女に知人のりをされて話しかけられる。そもそも誰かと勘違いされているという考えが甘かったといえるだろう。文学少女は、成行が部外者であることを見抜いた上で話しかけてきていた。果たして、その目的は。


「どうしてそう思うの?」

 そう簡単に自分の正体を明かすワケにはいかない。成行はぎこちない笑顔で文学少女に問いかける。

 すると、文学少女は一瞬、考えるような素振りをしてこう言う。

「だって、キミは魔法使いでしょう?」

「えっ?」

 文学少女の問いかけに、いよいよ追い詰められてきたと感じる成行。向こうは何をどこまで知っている?その不安感が成行の口を鈍らせる。


「実はね、私も魔法使いなんだよ」

 ニコッと微笑んだ文学少女。彼女は成行の手を握る。

「えっ!」と、驚く成行。

 手を握られた瞬間、成行と文学少女は校舎の外へ移動していた。そこは校舎西側。10年後の世界で、クラス委員長の八千代から時空移動を持ちかけられた場所だった。



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