『法照寺怪談会』封印魘都

あれは私がまだ二十代の頃の話です。


建築学を修めた私は、卒業後直ぐに

就職はせず、親から一年間の猶予を

貰って世界の建造物を実際にこの目で

見るという放浪の旅に出ました。


ご承知の通り、私は昔から続いた

不動産屋の 三代目 に当たります。

本来ならば土地や建物の基礎を学んだ

後は、家業の経営に携わるのが自然な

流れではありました。ですが、当時の

私は若さも手伝って、もう少しばかり

見聞を広げたいと思っていたのです。





これは、或る国で私が実際に体験した

俄には信じられない様な話です。




その国は年間を通して温暖な気候に

ありましたが、国土の一部は急峻な

山岳地帯であり、また直下には

広大な密林が広がっていました。

 嘘か真か、密林に隠される様にして

途轍もない 建築物 が、

よって密かに維持管理されている、

そんな噂があったのです。私は一度で

いいから、その全貌を見てみたいと

思っていました。


何度も現地の大使館に掛け合って、

漸く 一人の男性 をガイドとして

斡旋して貰える運びになったのです。


彼はTさんという四十代の男性でした。

首都圏に住み、ガイドや通訳で生計を

立てる知識階層の人でしたが、例の

一族出身だった事から今回、白羽の

矢が立ったという訳でした。

 最初、あまり乗り気ではない様に

見えたTさんも、これがビジネスの

チャンスと思ったのか、最終的には

私のガイドを引き受けてくれたのです。




急峻な山を目指して密林の中を只管に

歩き、実際その集落を目にしたのは、

最寄りの町から半日程掛かったと

記憶しています。


「……!」密林を抜けたところで、

集落の全貌が現れた時には驚きました。

それは 建物 と言うよりも、上手く

言い表せない様な、

一見すると、中国や台湾に見られる

客家はっか』の様な壮大な建築要塞。だが

同時に異教寺院の様でもあり、将又

増改築を繰り返し、複雑に巨大化した

温泉宿の様な。いや、


恰も 生物 の様でもありました。



「ここが『◻️』の集落です。」Tさんは

今までの気安さから一転、緊張した

面持ちで私に言いました。

「門を入ったら絶対一人にならないで

下さい。必ず私と一緒に行動して、私

以外の誰とも口を利いてはいけない。」

彼はそう言いましたが、は教えては

くれません。

 勿論『郷に入っては郷に従え』です。

私は了解して、集落の門を潜りました。


それは瓦屋根のように幾つもの薄い木の

板を葺いて、巨大な要塞を作り出して

いました。門の内側は広い空間があり、

そこがロータリーの様な役割である事が

伺えました。矢張り『客家』と似て

いましたが、建築物自体は円を創るでも

なく、もっとずっと複雑な形状を延々と

連ねています。

 それに加えて、集落の中には人の姿が

全く見えず、何処となく

感じていました。



「では、ご挨拶に行きましょうか。」

Tさんが言いました。私は黙って頷くと

彼の後について行きました。多分、

此処を統治する代表者に引き合わせを

するのでしょう。

「…。」居心地の悪さを振り払う様に

周囲にそっと目を向けた時です。

「…ッ!」建物の格子窓からこっちを

覗く  と目が合ったのです。


 瞬間、背筋に悪寒が走りました。


「見てはいけない。」Tさんが私の方を

見るでもなく呟きます。「……。」

「私と話をするのは構いません。でも

ここの者とは下さい。

そしてのもいけません。」

「見るのも…ですか?」「

場合は仕方ない。でも、敢えて見ようと

しないで下さい。貴方の為です。」

 Tさんは言いながら、いつの間にか

建造物の奥に私を連れて行きました。



そこは、連なった建物とは一線を画す

石で出来た蔵の前でした。



「さ、ここです。中には◻️の

います。でも、呉々もを見ては

いけません。勿論、言葉を発する事も

禁止です。」「…はあ。」気の抜けた

答えしか私の口からは出て来ません。

さっきの格子窓から覗いていたモノと

目が合った瞬間の怖気を思い出して

私は又、身震いしました。



もう、出来るだけ早くこの集落から

出たい気持ちで一杯でした。


とは言え、この集落の周りには密林が

広がっていて、Tさんのガイド無しには

一歩も進む事など出来ないでしょう。



Tさんが重たそうな木の扉を開けると

湿った何やら不快な臭いが流れ出して

来ました。「…Tさん。矢張りもう

これで失礼します。」本当であれば

建造物の写真を撮る許可を貰いたいと

思っていたのです。そして可能なら

この集落の由来や歴史について話を

聞きたかったのですが。


私は完全に怖気付いていました。


「この集落の出身者は皆、良い人生を

約束されます。富も名声も、望む物は

全て得られるのです。それもみんな

『◻️』のお陰です。

知りたいのでしょう?貴方も。この

集落の『咒』を。ソレが、どんな

のか。」


瞬間、私の中で 何か が音を立てて

切れた のがわかりました。それは

世間体とか対人関係を円満にしたいが

為の、意に反する忖度とか。


「巫山戯てんじゃねえぞ、この野郎!

俺はこの  に興味が

あるだけだ!この国の気候や風土に

対して一体どんな工夫があるのか。

富だ名誉だ?日本の『筧地所』を甘く

見るなッ!!」


私は思わず叫びました。だが、それが

結果的には良かったのでしょう。目の

前にポッカリと空いた真っ暗な空間が

地響きを立てながら、勝手に閉じて

行ったのです。






それから、私は無事に帰国する事が

出来たのですが、Tさんの行方もあの

奇怪な集落も。その後の消息は全く

分からなくなってしまいました。



 今になって思うと、あれは『咒』を

以って一族の繁栄を齎す【封印都市】が


 廃れ、放棄された



 成れの果て だったのでしょう。







【櫻岾】『法照寺怪談会』

筧地所株式会社会長 筧俊作 語る。




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