『法照寺怪談会』夕顔の寺
以前、住んでいた所に 夕顔の花 で
とても有名なお寺がありました。
夕顔というのは瓜科の蔓植物で、よく
お寿司の干瓢巻きに入っている、あの
甘辛く煮付けた物が、実にあたります。
楕円形の
夕暮れ時に茫っと咲き始める、真っ白で
儚げな 花 が同じ植物だとは、きっと
想像も出来ない事でしょう。
話題が
私がその お寺 を知ったのは、
三年生の子に加えて下の子も小学校へ
上がった頃。漸く時間にも余裕が
出来た事から『子ども会』の役員を
引き受けたのが切掛でした。
活動の一つに夏の 肝試し があり
例年、お寺の境内を会場として借りて
いたのです。
その日は私達三名の役員が、肝試しの
事前打合せの為お寺を訪れていました。
仮に、私以外の方を、AさんBさんと
しておきます。
Aさんには六年生の女の子が一人おり
小学校最後の記念にと役員になった
方でした。年も三人の中では一番上で
物静かではありましたが、頼れる
先輩保護者といった感じでしょうか。
一方、Bさんには五年生と一年生の
男の子がいて、うちの下の息子とは
クラスが同じという事もあってか、
日頃から交流がありました。
『夕顔寺』という呼称の通り、お寺の
境内には夕顔が沢山白い蕾を付け始め
辺りが暗くなるのを凝っと待って
いるかの様でした。
そしてもう一つ。
この寺には夕顔と並んで、知る人ぞ知る
日本画が秘蔵されていたのです。それは
『幽霊花』と銘打たれた 幽霊画 の
掛軸でした。
夕顔の花々が闇の中に浮かぶ。そんな
背景の中から 白い着物の女性 が
茫然と蒼白い顔を覗かせている。
それは、夏の一時期にだけ出して来て
寺の客間に飾られるのだそうです。
打合せも恙無く済んだ事もあり、私たち
三人は御住職に 幽霊画 についての
説明を受けていました。
「この絵には何か、曰くがあったり
するんですか?」Bさんが尋ねました。
「はい。これは実は…。」御住職が
話し始めた所で、俄に外が騒がしく
なりました。「…?」そうこうして
いるうちにBさんの お兄ちゃん が
血相を変えて飛び込んで来たのです。
夏休み中だった事もあって、私たちは
各々の子供達も連れて来ていました。
お寺の境内は、日頃から子供達の
格好の遊び場になっていましたから。
「ママ!ナツキがいなくなった!」
「ヒロ君!どういう事?」Bさんは
驚いてヒロ君を問い詰めました。
ヒロ君、というのはBさんの五年生の
長男ヒロム君です。
「境内の中だけで遊んでって言って
あったでしょ!」「外に出てないよ!
隠れんぼしてたんだ。でも、探しても
どこにもいなくて…。」
「何でちゃんと見てないのよッ!」
Bさんはそう言うと、憔悴したヒロ君の
両腕を乱暴に掴みました。
外は炎天下です。お寺の境内に木陰は
あるものの、身体の小さな子供などは
熱中症になる危険があります。
「兎に角、探しましょう。」御住職の
一言で、私たちは取るものも取り敢えず
境内に出ました。時刻はもう四時半にも
なろうとしていましたが、夏の太陽は
まだまだ頭上に輝いています。
「ナツキー!」「ナツキ君ー!」
Bさんの次男の名前を口々に呼びながら
寺の境内は勿論のこと、立入を禁じて
いる墓地の中まで探して廻りましたが
見つかりません。
「…早く見つけないと。」Aさんがそう
言いながら、娘のヒカヤちやんに何かを
指示しました。私も子供達にナツキ君が
どの辺りにいたかなど、聞いてみますが
流石に 隠れんぼ をしている最中に
他の子を気にする余裕はないのでしょう
全く何の手掛りにもなりません。
手分けして、お寺の敷地付近を隈無く
探してもナツキ君は見つからず、夏場と
いう事もあり、ここは矢張り警察に
連絡しようという流れになった、まさに
その時でした。
「夕顔の、下。」
Aさんの娘のヒカヤちゃんが、蒼白い
顔で戻って来ました。そして、Aさんに
そう言うと、脳貧血を起こしたのか、
倒れる様に蹲ってしまいました。
「夕顔の方を探しましょう。」それは
意外な事にAさんから提案されました。
ヒカヤちゃんは、もしかすると熱中症に
なりかけているのかも知れません。
「…Aさん、ヒカヤちゃんを。」
「大丈夫です。」
拒絶。いえ、それ以上の 何か が。
そこで、子供達がずっと表にいた事を
思い出したのです。「涼しいお部屋を
お借りします!水分補給もしないと。」
私はそう言うと、子供達をお寺の本堂に
連れて行きました。そして最も辛そうな
ヒカヤちゃんをクーラーの下で寝かせる
為に、客間へと戻りました。
「……?」
その 違和感 の正体に、始めは全く
気がつきませんでした。
ですが、気付いてしまったのです。
『幽霊花』と呼ばれる 幽霊画 の
蒼白い顔をした女性の、生き々とした
表情 に。
いえ、
幼い男の子 が。
夕顔の花々が宵闇の中に 茫 と白く
咲き乱れる中、女性に手を引かれる
構図に変わっていたのです。
「……ッ!」
一瞬、叫びそうになりました。ですが
そう見えたのは本当に一瞬で、直ぐに
先程見た通りの 幽霊画 に戻って
いました。
あれから、ナツキ君は夕顔の蔓葉の
下の、土の上に倒れているのが
見つかりました。
そして『子ども会』の肝試しは、以来
中止となったのです。
あの『幽霊花』の日本画は、かつて
自らの不注意で子供を亡くした母親が
我が子を探している、そういう曰くの
ある代物だったそうです。
【櫻岾】『法照寺怪談会』
ハイカウンター・テラー
川辺啓子 語る。
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