生贄の花嫁のはずが、九尾の旦那様に溺愛されています ~雨乞い巫女の身代わり婚~
胡蝶乃夢
上
使い古された白い衣装を手直しして自ら繕った、形ばかりの白無垢を着て、神社の娘・
「雨乞いの巫女様、お迎えに上がりました」
約束の日時丁度、迎えの者達が輿を担ぎ、行列をなして現れる。
まるで狐面のような顔をしたその者達は人ではない。
異形の者――妖狐だった。
異様な存在感を放つ一行を見て、日和はごくりと唾を飲み込む。
側に控えていた侍女の装いをした娘・
「いいわね。余計なことは言わず、上手くやりなさいよ」
日和はこくりと頷き、促されるまま輿へと足を進める。
花嫁行列が進行を開始れば、日和は首から下げていた鏡を手に取り、天へと掲げてこの地の豊穣を願い雨を乞う。
晴天だった空からぱらぱらと雨が降りだし、その光景はまさに『狐の嫁入り』だった。
「巫女様が降らせておられるのか」
「ほお、恵みの雨とは素晴らしいお力だ」
「さすが主様が花嫁にと望まれるだけある」
花嫁を褒め称える声が聞こえ、日和はいたたまれない気持ちになった。
(雨を降らせているのは本物の巫女で、私じゃない……)
日和は手に持つ鏡へ視線を向ける。
(私に雨乞いの力はない。雨乞いの巫女の証であるこの鏡も偽物……)
本物の巫女が持つ八花鏡とは違う、安物の鏡が手の中にあった。
(望まれた花嫁じゃない、私のすべてが偽物……それでも、私は雨乞いの巫女のふりをしないといけない。巫女の代わりに、生贄にならなければいけないから……)
日和は雨乞いの巫女の身代わりになる為、大妖怪・九尾の妖狐の元へと嫁いでいく。
花嫁行列の後には、気持ちを代弁するような、憂鬱な雨がしとしとと降り続いていた――。
◆
「巫女様、到着しました。こちらが主様の城でございます」
輿から降りて顔を上げた日和は、壮大な城郭の景色に圧倒される。
それは、花嫁の付き添いできた弥生と神主も同様だった。
ふと日和が気付くと、案内役の妖狐がしきりに辺りを見回している。
「――おや? 主様の姿が見当たりませんが、いずこに……?」
女中の装いをした妖狐が駆けてきて、案内役に何やら耳打ちする。
「なんと!? ……こほん、こんこん。巫女様、主様に到着を知らせて参りますので、今しばらくこちらでお待ちください」
妖狐達は互いに目配せし、日和達をその場に残し、何処かに行ってしまう。
「………………」
取り残された日和が不安な面持ちで周りを見ると、花嫁行列を見物しに多くの妖が集まっていた。
(皆が皆、仕立ての良い着物を着てる。私が繕った白無垢とは大違い……こんなみすぼらしい花嫁では、さぞがっかりされるだろうな……)
くすくすと嗤う声が聞こえて、日和は物珍しい見世物にでもなった気がした。
じろじろと不躾に値踏みされる視線に萎縮し、日和は俯いてきつく目を閉じる。
バシャンッ!
「!!?」
突如として冷水を浴びせかけられ、日和は目を見開いた。
ずぶ濡れになった白無垢から、ぽたぽたと水が滴る。
呆然とする日和の目の前に、三つの人影が立つ。
「ああ、臭い。臭い臭い。卑しい人の臭いがすると思ったら、なんとまあ、みすぼらしい花嫁ではないか」
現れたのは一国の姫を思わせる、豪華な装いの美しい妖の女達だった。
「雨乞いの巫女だなんて仰々しく崇めるものじゃから、どんなものかと思って拝みにきてみれば、とんだ期待外れじゃのう」
「たかだか雨を降らせる程度でおおげさなことです。水生の妖からすれば、水を操るなど造作もないことだというのに」
「卑しい人の分際で、
恐ろしい形相の女達に詰られ、日和は青褪める。
震えて何も言い返せない日和の姿を見て、弥生は内心胸を撫で下ろし、ほくそ笑んだ。
「しかし、こんなところに捨て置かれるとは……このようにみすぼらしい女、やはり要らぬとお考え直しになられたのじゃろうな」
「それもそうです。卑しい人など、食べられるくらいしか役に立たない愚物なのですから……ねぇ?」
そう言った女の口が裂けていき、鋭い牙を覗かせる大口が不気味に笑う。
「ひっ!」
日和の後ろに控えていた弥生が悲鳴を漏らした。
付き添いの自分達まで食い殺されるのではと、女達を恐れた弥生と神主が必死に訴える。
「わ、悪いのはこの女です! わたくしは止めたのですが、聞き入れられず! 食うならこの女だけを!!」
「そ、そうです! わしらは嫌々連れてこられただけで、困っていたのです! わしらだけはお助けください!!」
弥生に突き飛ばされ、日和は地べたに這いつくばる。
「ふっ、あはははは。随分と笑わせてくれるわ」
「侍女や神主に見放されるとは、人徳のない巫女様じゃのう」
「うふふふふ……」
女達が日和を嗤いながらにじり寄ってくる。
(食い殺されてしまうんだ……生贄になると覚悟していたけど、やっぱり怖い……まだ死にたくない……)
日和が涙を浮かべて震えていると――
「何をしている!」
――凛と通る低い声が響き渡った。
「「「九能様!?」」」
すべての妖が一斉に膝を突いて首を垂れる。
圧倒的な重圧が辺りを覆い、恐れ慄いた弥生達も平伏す。
「……っ……」
平伏している日和の前へと真っ直ぐ歩み寄り、九能は言う。
「面を上げよ」
恐る恐る日和が顔を上げると、そこには目の覚めるような美しい妖狐が立っていた。
光り輝く真っ白な毛髪に華やかな九尾、この世の者とは思えぬ端麗な相貌、額にある小さな九枚花弁の蓮印や目元を彩る紅が更に神秘的に映る。
(この方が国主――九能様? なんてお美しい方だろう。こんなに綺麗な方は見たことない……)
一瞬、天女が舞い降りたのかと錯覚してしまうほどだった。
日和よりも頭一つ以上大きな立派な体躯は、間違いなく男の体なのだけど。
「雨乞いの巫女、名はなんという?」
九能に問われ、見惚れていた日和はハッとし、言葉をつっかえさせて答える。
「……っ……ひ、より、です」
「ひより――日和か、良い名だな」
花が綻ぶような笑みを向け、九能は日和に手を差し伸べた。
「あ、あの、汚れてしまいます……わっ!」
泥にまみれた日和が躊躇うと、九能は汚れることも厭わず手を引き立たせる。
「待ちわびていたぞ。我が花嫁」
日和の手を優しく握り語りかける九能の姿に、女達が憤慨して声を張り上げる。
「九能様! 我らが長たるお方に、そのようなみすぼらしい女は相応しくありませぬ! お考え直しくだされ!」
「そうじゃ! 誰よりもお強くお美しい九能様に嫁ぐべきは、妾達のような由緒正しき妖の姫じゃ!」
「雨乞いの巫女の力など欲さずとも、水ならいくらでも操ってご覧に入れます! 卑しい人を娶る必要はございません!」
九能はいたわりの目で日和を見つめ嘆く。
「それにしても、酷い有様だ。我が花嫁を脅かす愚か者がいるとは……許せぬな」
九尾が戦慄いたかと思えば、瞬時に九能の黒い影が伸びて女達を捕らえる。
「うっ、ぐあぁ!?」
「ぎゃあぁっ!?」
「ひぎいぃ!!」
九能はおぞましい獣の眼光で女達を見下ろす。
「我に指図するとは、貴様らは何様のつもりだ? あまつさえ、我が花嫁に危害を加えるなど、万死に値する。さあ、どうしてくれようか……」
「ひぃっ! く、九能様っ、お許しを!」
「苦しいぃ、死ぬぅ!」
「助けて! 助けてぇ!」
悲鳴を上げる女達を締め上げながら、九能は問う。
「日和、どうして欲しい? こやつらを我が花嫁の望む通りにしてやろう。死を乞うても許さず、絶え間ない責め苦を味わわせてやっても良いぞ」
九能の顔は美しく笑んでいるが、それが反って恐怖心を煽る。
「み、巫女様っ! お、お慈悲をっ! ぎぃやぁぁぁぁ!!」
命乞いする女達の体がひしゃげていき、日和は慌てて叫ぶ。
「待って! 止めてください……国主様は人との和平を望んでいるとお聞きしました。お優しい方だと信じております。私は人が傷付くのも、妖が傷付くのも嫌です。誰かが傷付くことは望みません……だから、許してあげてください」
「そうか……分かった。日和は優しいな」
日和の要望に応え、九能は女達を解放してやる。
「我が花嫁の慈悲深さに感謝するんだな。……次はないぞ」
冷酷な流し目を送り、九能は妖達に忠告した。
地べたを這う女達は平伏して、日和に服従する。
「は、はい、無論です!」
「巫女様のお慈悲に感謝を!」
「臣従し、お仕えいたします!」
あまりのことに日和が唖然としていると、九能が優しく微笑みかけて抱き上げる。
「さあ、行こう」
「え……きゃあ!?」
「ああ、こんなに凍えて可哀想に、早く温めなければな」
大事そうに日和を横抱きに抱え、九能は頬を擦り寄せて歩きだす。
九能の美貌に頬を染めていた弥生は、立ち去ろうとする九能に慌てて声をかける。
「あっ、あの! わたくし達は……?」
九能は近くにいる妖狐達へ目配せして命じる。
「さっさと帰してやれ。花嫁を守らぬ側仕えなど要らぬ」
「はい、主様。仰るとおり」
九能は弥生に目もくれず立ち去り、妖狐達は神主親子を神社へ帰した。
◆
御殿の奥までくると、九能が日和を降ろして言う。
「中庭に露天風呂を設えてある。ゆっくり浸かってくると良い。――お前達、後は任せる」
「はい、主様。お任せください」
女中の装いの妖狐達が出てきて、日和を風呂場へと案内しながら話しかける。
「先程は護衛の者も付けず、側を離れてしまって申し訳ございませんでした」
「まさか、主様の花嫁に無礼を働く輩がいるとは夢にも思わず、大変なご無礼を……」
「もう二度とあのような無礼者は近付けさせませんので、どうぞご安心ください」
日和が頷くと、女中達は嬉しそうに喋り続け、手際よく汚れた着物を脱がせていく。
「主様は巫女様を花嫁として迎えられるこの日を、それは心待ちにしておられたのですよ」
「巫女様のお世話を任せていただけるなんて、とても栄誉なことです。なんなりとお申し付けください」
「ささ、お背中をお流しいたしましょう」
女中達の勢いに呑まれていた日和だったが、裸にされてさすがに声をだす。
「じ、自分で洗えます! ……から、少し一人にしてもらえませんか? 人に洗われるのは落ち着きません……」
「あら、そうですか。それは残念――」
女中達は気落ちして狐耳を倒す――が、すぐにぴんと立てて訴える。
「――ですが! 側に控えておりますので、何か入り用がございましたら、お呼びくださいませ」
「すぐに飛んで参りますので!」
「馳せ参じますので!」
「では、どうぞごゆっくり」
女中達が下がり、日和はようやく一人になれ、小さな溜息をこぼす。
「……はぁ……」
湯船に浸かり、体を抱えて丸くなり、日和は気持ちを落ち着けようと考える。
(一時はどうなることかと思ったけど、なんとか生きてる……美しく恐ろしい国主様……私はその花嫁として、これからやっていかなければいけないんだ……)
日和はこうなった事の経緯を振り返る――――。
◆
「ふう。これで境内の清掃は終わり」
額に浮かぶ汗を拭い、日和は顔を上げて一息ついた。
綺麗に整えられた境内を見渡せば、景色と同じく心持ちも晴れやかになる。
(うん。綺麗になるとやっぱり気持ちいい)
神社の本殿や境内の清掃を正午前に済ませるのが、日和の日課だ。
他にも、神主親子の衣装の洗濯や部屋の掃除に食事の仕度など、雑用に追われる慌しい毎日を送っていた。
本来なら、すべての雑用をたった一人でこなすなど、一日では到底足りない仕事量だが、日和はその勤勉さと長年の経験からそつなくこなす。
とはいえ、どうにか寝食の時間は確保できているといった状況ではあるのだが。
(次は昼餉の支度をしないと。配膳したら、着物を陰干しして、灯明の油も切れる頃だから――あれ?)
炊事場へと向かう途中、屋敷の入口に農民達が集まっている姿を見かけ、日和は立ち止まる。
(なんだろう? 寄合の予定はなかった筈だけど……)
様子を窺うと、対面する神主の娘・弥生に向かって農民達が何か訴えている。
「ひどい日照り続きで田畑が干上がってしまって、このままではわしらは飢え死にしてしまいます。どうか雨乞いの巫女様、わしらの里にも雨を降らせてください。この通り、お願いです」
やつれた顔や土で汚れた着物を見て、日和は農民達の困窮した暮らしを察した。
(この神社の周辺は水不足になることはないから、おそらく遠方の里の人達だろうな……)
農民達は深々と頭を下げ、必死に雨乞いを頼んでいる。
しかし、弥生はそんな農民達を値踏みするような目で見下ろし、冷淡に言う。
「わたくしの雨乞いは霊験あらたかな貴重な力です。そう容易く使って良い力ではないのです。供物も用意できぬようでは、お話になりません」
農民達の代表と思われる年嵩の男が慌てて懐から包みを取り出し、持ち寄っていた俵などと共に差し出す。
「集められるだけ集めた供物と金子です。どうぞお納めください!」
弥生は差し出された包みを摘まみ上げ、中身を確かめると不満そうな声で呟く。
「はぁ……これだけですか?」
「収穫できたらもっと大金を持ってきます! 必ず約束は守りますから、どうかお願いします!!」
農民達を不憫に思った日和は、手を合わせて心の中で祈る。
(あの人達が飢えないよう、苦しい暮らしをしなくて済むよう、恵みの雨が与えられますように)
日和の祈りが通じたのか、男の大金という言葉に気を良くしたのか、弥生は声色を変えて言う。
「まあ、そういうことなら良いでしょう。わたくしは慈悲深い雨乞いの巫女です。その心がけに免じて、今回だけは特別に雨乞いしてさしあげましょう」
一粒の雫がぽたりと男の顔に当たり、不思議に思った男が天を仰ぐ。
晴天だった空に薄っすらと白い雲がかかり、しだいに雲が濃くなっていく。
弥生は首から下げている八花鏡を天に掲げ、祈り口上を述べる。
「雨を司る天の神よ、巫女の願いを聞き届け、この者達に恵みの雨を与えたまえ」
ぽたり……ぽつり、ぽつり……ぱらぱら、ぱらぱらぱらぱら。
「雨だ……雨が降ってきたぞ!」
祈りから間もなく、天から恵みの雨が降りだす。
農民達は降り注ぐ雨を浴び、喜声を上げる。
「やはり、雨乞いの巫女様のお力は本当だったんだ!」
「これで、これでわしらは飢え死にせずに済むのか……?」
男は戸惑いと不安の混じる言葉をこぼす。
「わたくしの雨乞いは絶対ですから、もう日照りに苦しむ必要はありません。あなた方の里にも恵みの雨がもたらされます。収穫後の約束は必ず守ってくださいね」
弥生から宣言されたことで、農民達は涙を流して感謝する。
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!!」
干ばつの憂いから解放され、喜ぶ農民達の姿を見て、日和はほっと胸を撫で下ろした。
それから、雨乞いの巫女様と称えられる弥生の姿を見て、首にかかる鏡が目に留まり、悲しくも寂しい気持ちになる。
(雨乞いの巫女の証である八花鏡。あれは私のお母様の形見……でも、雨乞いのできない私があの鏡を持つべきではない。雨乞いのできる弥生様が持つべきなんだ……)
日和の母は高名な雨乞いの巫女だった。
そんな母から受け継いだ唯一の物であったが、日和に雨乞いの力はないとされ、取り上げられてしまったのだ。
(お母様のような巫女にはなれなかった。だけど、私は自分にできることで少しでも雨乞いの巫女の手伝いができれば、誰かの役に立てればそれでいいんだ……)
自分にそう言い聞かせ、日和は忙しなく雑用に明け暮れる日々を送っていた。
農民達は嬉々として弥生に礼を言い、里に帰っていく。
そんな後姿を見送っていた日和に、弥生が気付いて怒鳴り散らす。
「日和!! 何をさぼっているの! 能無しの役立たずなんだから、誰にでもできる雑用くらい真面目にやりなさいよ! もう昼餉ができていていい時間でしょうが!」
「はっ、はい! すぐ用意します!!」
日和は慌てて炊事場へと駆けていき、手早く仕度をこなす。
◆
昼餉の仕度を終えて、日和が配膳をしに神主親子の待つ部屋へ行くと、何やら口論している。
「嫌です! 絶対に嫌です!! 国主へ嫁入りだなんて、冗談じゃありません! 生贄にされるようなものではありませんか!!」
「わしとて断われるものなら断わっている。だがしかし、国主に逆らえる筈もない。それこそ、不興を買ったらどんな目にあわされるか」
親子の言う国主とは、この国だけではなく、周辺の大国までも統治する国持大名のことである。
本来なら、国主に嫁入りできるほど名誉なことはないが、危惧されるのは国主の素性だ。
それは口にするのもおぞましくはばかられる、異形の力を使って国盗りを成したと伝え聞く。
国主は人にあらず、人外にして異類異形の頭領――大妖怪・九尾の妖狐なのである。
個であっても人を圧倒する強大な力を持つ妖。
そんな妖を統率する頭領でもある国主は、酔狂にも人との和平を望んでいる。
その先駆け、和平の証として、人である雨乞いの巫女を花嫁として所望しているのだという。
日和が配膳をしながら耳にしたのは、そんな話だった。
国主への嫁入りを嫌がり、弥生は喚き続けている。
「なんとかして断わってください! わたくしが妖の餌食になっても良いのですか?!」
「そう言うな……国主は雨乞いの巫女を大事に扱えと仰せだ。嫁入りの支度金も大量に贈られている。機嫌を損ねなければ、悪いようにはされない筈だ」
「そんな建前を真に受けられる訳がありません! 相手は狡猾な狐の妖なのですよ! 何を企んでいるのか、知れたものではありません!!」
弥生は怒りまかせに、日和が配膳したお膳を蹴り飛ばす。
「きゃぁ!」
飛んできたお膳に日和が悲鳴を上げる。
せっかく用意した昼餉が、手付かずのままぶちまけられてしまった。
(いつも食べ残しを貰って食べているけど、今日は残飯にもありつけなさそう……)
仕方なく割れた食器を片付けていると、日和は不意に腕を掴まれて破片で手を切る。
「痛っ!? ……何をなさるんです?」
日和が顔を上げれば、目を血走らせた弥生が見据えて呟く。
「そうだわ……あんたが代わりに嫁げばいいのよ」
「え?」
弥生は不気味な笑みを浮かべ、神主に言う。
「年も背も同じ……日和は痩せで貧相だけど、着込めば体型なんてごまかせます。妖からしたら、若い女ってだけで区別なんてつかないでしょう?」
「うむ……確かに妙案かもしれん。弥生が残ればこの神社も安泰だし、国主は人の嫁さえ貰えば満足だろうし、能無しの役立たずも厄介払いできて一石二鳥――いや、三鳥だな」
愕然とする日和に親子が言い募る。
「喜べ、日和! 役立たずのお前が役に立てる時がきたぞ!!」
「嫁ぎ先が見つかって良かったじゃない。せいぜい機嫌を取って可愛がってもらいなさい」
「わ、私が弥生様のふりをして嫁ぐんですか!? そんなの無茶です! 雨乞いの力もないのに、すぐに知られてしまいますよ?!」
日和が無理だと訴えても、親子は聞く耳を持たない。
「そこはお前が上手くやるんだ。雨乞いに使う鏡が割れて力が使えなくなったとか、適当にごまかせばいい」
「最初だけ私が侍女のふりをして付いていって、あんたが雨を降らせたように見せれば、誰もあんたが偽物だなんて疑わないでしょう」
「で、ですが、国主様を騙すようなこと……」
親子は口答えを許さず、目尻を吊り上げていく。
「能無しで役立たずなお前をこの神社に置いてやった。孤児のお前をここまで育ててやったんだ。その恩義を今ここで返さずして、いつ返すというのだ?」
「……は……はい……分かりました」
日和はそう返す他なかった。
◆
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