第16話 街への帰還 2
かけて、気が付いたら眠ってしまっていた。その眠りは深く、昼過ぎから寝てしまったというのに、起きたのは翌朝になってからだった。僕の精神も体も、僕が思っている以上に消耗していたのだろう。
マルの姿を探すと、近くでスヤスヤと寝ているようだ。
昨日の昼から何も食べていないせいでひどくお腹が空いている。やっと明るくなりかけている時間だが、朝食は食べれるのだろうか。あまり我慢できそうにない。寝ているマルを抱きかかえ、宿の食堂に移動する。
店員はこんな朝早くだというのに、もう起きていた。普段こんな時間は寝ているので、こんな朝早くからもう仕事をしているというのには驚いたし、尊敬した。僕が起きてきたことに気付いた店員さんが声をかけてくる。
「あれ、早いのね。ご飯かしら?まだ準備ができていないのごめんなさいね」
予想はしていたが残念だ。許可を取って食堂の席で待たせてもらう事にした。マルはまだ起きないので椅子の上に置く。右手に魔力を集中させてマルを撫でる。以前ステラがフーランの魔力補充の時に撫でていたのを思い出し試してみた。
マルは水の中に浮かんでいる時のように、喜んでいるように見える。マルも手で撫でられると気持ちがいいのだろうか?
そうこうしていると、店員さんが朝食を運んできてくれた。野菜のスープとハムタマゴサンドだ。僕と、マルのふたり分用意してもらった。
すきっ腹に野菜スープが沁み込んでほっとする。まだ寝ぼけている様子のマルの上にはハムタマゴサンドを乗せておいた。僕もハムタマゴサンドを手に取り噛りつく。
厚めに焼かれたタマゴと薄くスライスされたハムを塩っ気の強いバターが塗られたパンで挟んだハムタマゴサンドは思いの外美味しかった。タマゴとバターのコクがありながらも重くなり過ぎない食感で満足感もある。
マルもウトウトとしながらも頭に乗ったパンが徐々に沈みこみ消化されていく。頭のハムタマゴサンドがなくなったと思ったら、触手がそろそろと伸びてきて、野菜スープの器の中に差し込まれると、見る見るうちに容器の中は空っぽになった。何度見ても不思議な光景だ。
お腹いっぱいとは、ならなかったが、部屋にもどり少し休憩しようと思ったら、また2時間ほど寝てしまったらしい。それでもやっと他の人が起きてくるような時間帯だ。さすがにもう一度寝てしまうのは無しだ。
マルもこんな状態だし、今日は森へ行くのもやめておこう。連日で行くのは流石に精神と体がもたない。今日一日休息にするつもりではあったのだ。
なんとなしに、昨日ハントギルドで受け取った魔物石を取り出して手のひらで転がす。とても小さな石だ。実は受け取った時からずっと気になってはいた。
この魔物石、形は歪だが、共命石に似ているような気がしたからだ。これはもしかしてという期待があった。ただ部屋の中では試すに試せない。南町の祭壇はどこにあるのだろうか?もう一度召喚が出来るかもしれないという期待は僕の落ち着きをなくした。
僕は居ても立ってもいられなくなり、マルを抱えて宿から飛び出した。
町中を一周する勢いで祭壇のある広場を探し出すと、迷わず飛び込んでいった。今日は重月の日でもないので、何も起きない可能性の方が高い。そもそも共命石ではないのだからそういった期待自体が無意味の事かもしれない。でもやらずにはいられなかった。
僕は魔物石を祭壇に置き、あの日の魔力がごっそり吸われた感覚を思い出し、スムーズになった魔力操作で祭壇に魔力をながし召喚の儀の再現を実行する。そして「召喚」と念じた。
僕の体から魔力をどんどん流していく。次第に魔物石は熱を持ったようにじんわりと色付く。その変化に期待値は高まり、更に、更に魔力を注ぎ込んでいく。魔物石は赤く発光する。魔力を追加するごとに輝きは増し、ついに太陽が生まれたような白銀の発光となり――。
――魔物石は爆ぜた。
魔物石は細かい破片となり、空中をキラキラと装飾する。僕はその幻想的な風景を呆然とながめ、キラキラとする光をつかみ取ろうと手を伸ばした。
その手は何も掴めず空を切るはずだった。
しかし、空中を漂うきらめきは渦を巻くように動き出したと思ったら、僕の手の中へと吸い込まれ消えていった。あっけに取られているのも束の間、苦痛に顔をしかめる事になる。きらめきは手の中で暴れ、手から腕へ、腕から体へそして、全身へ流れていく。
たまらず僕は膝をつき、体を駆けまわる奔流に耐える。この感覚は魔力が流れる時の感覚だ。しかし、その流れが尋常じゃない。
「ぅっくぁぁぁぁあああああああああああ!!!」
僕の呻きにマルが駆け寄る。マルは触手を伸ばし僕に触れると、僕の中で暴れまわる魔力をマルの中に引き込んだ。マルの体に移った魔力は暴れまわり、マルの体をぐにゃぐにゃと変形させる。マルから苦悶の感情が伝わって来る。
「マル、無茶を、する......な」
僕はできる限りの強がりを言葉にした。マル自身も辛そうだ。それでも触手を離さない。一緒に耐えようとしてくれる。魔力操作は僕よりマルの方が上手い。マルが間に入って魔力を制御しているのか、段々と魔力の奔流は穏やかになり、緩やかな流れになった。
魔力の暴走はなくなったが、体が自分の物ではないように気怠い。すっかり消耗してしまったマルを抱え、なんとか歩く。僕は大丈夫だ。でも、マルが痙攣するように時折蠢くのが心配だ。早く安全な場所へ、その一心だけで僕は宿屋へとたどり着く。
部屋に戻ると、マルの為に用意していた水を桶に溜め、僕の魔力を沁み込ませる。ゆっくりとマルを魔力水の上に浮かべる。マルの痙攣が少し収まったようにみえる。
それを確認した僕はよろよろとベッドにたどり着き意識を手放した。
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