人頭蛇身
藍田レプン
人頭蛇身
「うちの祖母ちゃん、もう呆けちゃってるからそんなものを見るんだと思うんですけど」
Vさんは困ったような顔で話し出した。
「大きな蛇がいる、お爺さんの顔をした蛇がいる、逃げろ、逃げろ、って言って聞かないんですよ」
人頭蛇身、ということだろうか。
「その顔は旦那さんの顔、ということなんでしょうか」
「いやあ、お父さんの顔じゃない、全然知らないお爺ちゃんの顔だ、って言うんです。だから違うんでしょうねえ」
「全く知らない人物の顔をした蛇ですか。大きさはどのくらいなんでしょう」
「すごく大きいらしいです。山より大きい、怖い、怖いって」
大きな蛇とは聞いていたが、予想外の大きさだ。そんな大きな蛇の幻なら、顔が人でなくても怖いだろう。
「怪談作家さんならこういうの詳しいかなと思って。人の顔をした蛇、心当たりありませんか」
「あるにはあります。大きさが少しひっかかりますが」
「いるんですか、お爺さんの顔をした蛇の妖怪」
「妖怪というか、神様ですけどね。『宇賀神(ウガジン)』、またはウカノカミ。出自がよくわからないんですが、老人の顔に蛇の体をしている似姿があります。福の神だそうですから、吉兆かもしれませんね。大きさが福に比例するなら、とても大きな福がやってくるのかもしれませんよ。まあ、そう言われてもお祖母さんには気休めにしかならないと思いますが」
「なるほど、福の神か。そりゃあいい。いや、それを聞いて安心しました。なんとなく正体のわからないものって怖いでしょう。でもそれに名前があって属性や背景があれば、安心できるもんですよ、人って」
「昔の人もそうだったんでしょうね。正体の分からない音や生き物、現象に妖怪の名前をつけることで、あれは狐の仕業だ、あれは天狗の仕業だ、と……安心したかったんでしょう」
「ありがとうございます、祖母ちゃんもこれでおちついてくれるといいんですけどね。でも……」
「どうかしましたか?」
「いや、祖母ちゃん日本の神話やら宗教に全然詳しくないのに、なんでそんな蛇の神様なんて見たんだろうと思って。祖母ちゃん、中国生まれの中国育ちなんですよ」
「え?」
翌日、Vさんの住む地域は突然の豪雨に見舞われ、洪水が大きな被害を齎した。
Vさんの祖母が見たものは宇賀神ではなかったのかもしれない。
共工。中国神話における四罪が一柱。人頭蛇身で、時に水害を引き起こす伝説の水神。
洪水の『洪』は、この神の名が由来だという。
人頭蛇身 藍田レプン @aida_repun
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