第6話 門と外壁は壊すもの
夕暮れに照らされた森は、神秘的な空気を醸し出していた。
シュティルの銀色の長い髪が、橙色の光を反射してきらりと輝く。
海をはめこんだような深い瞳は楽しげに細められ、その指先はヘルトの目元に添えられた。
「凄い顔」
「う、あんまりそう言わないでよ…」
ようやく泣き止んだヘルトの顔を見て、控えめながら目元を緩めたように見えた。
ヘルトはシュティルに釣られるように笑った後、顔を拭うと思い出したように立ち上がる。
「そろそろ行かないと。門が閉まるかもしれない」
「門?」
「この森と王都を繋ぐ出入り口だよ。自由に出入りできる時間は限られてて門限があるんだ。過ぎると、完全に封鎖されてよっぽどじゃないと出入りができなくなる。急ごう、シュティル。その…俺の相棒になってくれるんでしょ?」
言いながら、照れた様に笑って手を差し伸べた。夕日を背負ったヘルトを眩しそうに見つめ、シュティルは嬉しそうに頷いた。
シュティルはヘルトから差し出された手を取ると立ち上がる。彼女の手は、ひんやりと冷たく、それでいて柔らかかった。少女然とした見た目と、人外らしいその体温の差の倒錯的な感覚に一瞬くらりとした。
「もう、帰ろうか」
そのなにがしかの良く分からない、理解の及ばない感覚を誤魔化すように首を振り、そう言った。
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「はっ、はっ、ッ…ふう…良かったぁ、なんとか間に合いそう」
ヘルトは軽く息を切らせ、シュティルはその隣で興味深そうに茶色く、ややくすんだ大きな外壁を見上げる。
「出入りができなくなるって聞いていましたが、外壁を見る限りそれ程頑丈そうに見えませんね…」
外壁をコツ、と指先の関節で叩いてみる。シュティルが多少力を込めて殴れば壊せてしまうであろう程度の作りのようだった。経年劣化によるものなのか、少し欠けている場所すらある。
「しゅ、シュティルは何を確認してるの…」
呼吸の整ってきたヘルトが尋ねる。
「出入りが出来ないって言うから堅牢かと思いましたが、そうでもないな、と。ヘルト、私といるときは門限気にしなくても問題ありません。これ位なら叩けば崩せそうですから、閉まっても私が開けてあげます」
無表情ながらどこか誇らしげな様子にヘルトの口元が引きつった。
「え、開けるって…え、聞き間違いであって欲しいんだけど、いま崩すって言った?」
「言いました」
どうか聞き間違いであって欲しいとの願いも虚しく、間髪入れずに元気な返事で肯定が返ってきた。
「外壁と門は崩すもの、そうでしょう?」
「違うよ!!?どこの戦闘民族!!?」
愛らしい口から放たれた砲撃のような一言に思わず大きめのツッコミが飛び出てしまったヘルトは、慌てて口を押える。
「民族ではなく、戦闘用のアン、ムグッ」
「しーっ!しーーっ!!」
アンドロイド、と続きそうだったその口を慌てて塞ぐ。
「しゅ、シュティル!一応、アンドロイドって言うのは隠しておいた方が良い!ぜったい!!」
小声かつ、必死な声音にシュティルは小首を傾げながら小声で返す。
「ヘルトが言うなら従いますが…どうして?」
「そ、それは俺の家に着いてから詳しく話すよ。ひとまず、シュティルがアンドロイドって言うのは伏せて、君は森で出会った記憶喪失の女の子、って事で通すから、何か聞かれたら話を合わせて!」
どこか鬼気迫るような表情のヘルトに気圧されるようにうなづき、シュティルはヘルトの後を追った。
***************
「ほら、こっちだよ、シュティル」
手招きをして、シュティルを門の近くへと招き入れた。
「おっ、なぁんだ勇者殿。今日は可愛い子ちゃん連れかぁ?」
門の内側にいた赤ら顔にくすんだ金髪の門番がシュティルとヘルトを舐めるように見回した。
「げぇ…今日はハンクさんか。うっ、酒くさ…また隠れて酒飲んでただろ!」
「あぁ~?こんな薄い酒なら、水とそうかわんねぇよ!命の水ってなぁ!だははははっ!!」
「いや、何一つ面白くないから…」
ヘルトがややあきれた様子で言ってもなんのその、というような調子のハンクと呼ばれた男は徐々ににやにやと笑いながら顎をさすりからかうような声色で続ける。
「しっかしまぁ、ついに青い春が来ちまったかぁ、ヘルトォ~?お前がこんな可愛いガールフレンド連れてるなんて思ってもみなかったぜぇ。隅に置けねぇなぁ~」
「や。やめろよハンクさん、そういうんじゃないから!この子は、その、森で会ったんだ!記憶が無いみたいで…一時的に家に泊めようかと思って。この子も家なら安心だって言ってくれて」
「ほぉ~?森で、こんなきれいな子が、ねぇ~?」
目をキョロキョロとさせ、明らかに挙動不審なヘルトの様子に、ハンクは平べったい目を向ける。
「嘘つくならもっとマシなのにしろよ」
「う、嘘じゃない!」
「はいはい」
ヘルトとハンクのやり取りを無言で見守っていたシュティルはおもむろにヘルトの腕に絡みつき、耳元に唇を寄せる。ヘルトは驚いたように近づくシュティルの顔を見つめ返した。
「やっぱり崩すべき?」
「だめ!!!!」
甘やかにささやかれた言葉に力強い否定を返すと、二人の様子を見ていたハンクが大口を開けて笑いだす。
「だははははっ、おいおいヘルト!お前そんなデケー声出たのかよ!キャシーとグレゴリーが王都から出てってから、お前のそんな顔も見てなかったな…」
と感慨深く言うものだから、ヘルトは座りが悪そうな表情で言い返す。
「べ、別に母さんと父さんは関係ないよ。それより、もう門限まで針が回るんじゃない?良いよね、通っても…手配されてる人相書きに引っかかってるわけじゃないし、拘束されるような問題行動も無いだろ!?」
言いながら腕に絡んでいたシュティルの腕をほどき、自分から華奢な手首を離さないと言わんばかりに掴み直す。
「……仕方ねぇな。めちゃくちゃに怪しいが、お前がそんな懐いてんなら、悪い子でもねぇんだろう。次通る時までに、もっとマシな理由考えとけよ」
そう言うと、ハンクは通れと言わんばかりに体をずらし、通り道を開けた。
「ありがとう!」
ヘルトは礼を言い、シュティルの腕をひきながらハンクの横を通り過ぎる。通りざまにシュティルが小さく頭を下げると、ハンクは小じわの乗った目じりをやや釣り上げて目を丸くしながら、シュティルと、ヘルトの背中に手を振った。
そして、小さくつぶやく。
「あのお嬢ちゃん…なんで倭の国のあいさつなんてしたんだ…?」
と呟いた後、逡巡する。
「…………。ま、こまけぇ事はいーか!酒酒~」
エストレア国の端、ヴァルムークの森担当門番ハンク・ラボット。
どんな相手とも分け隔てない陽気な酒好きだが、おおざっぱな性格が玉に瑕であった。
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