第4話 出会い 2


「ん、ぅ、んん…?」


柔らかい。最初に感じたのはそんな感覚だった。ゆっくり目を開ける。


「目が覚めましたか。具合はいかがです」


大きな瞳がヘルトの顔を覗き込むようにして見つめていた。

「ッうわぁぁ!?」


どうやら少女は膝枕をしてくれていたようだ。目を開くと同時現れた少女の顔に驚き、勢いよく起き上がる。その際にお互いの額が鈍い音を立ててぶつかった。


「いってぇ!?」

「、」


鋼鉄か何かで出来ているのか、とでも言いたくなるほど少女の頭は硬かった。

思わず無言で悶絶するヘルトに対して、少女は驚いたように目を瞬かせ、額を一度さするだけだった。


「…お怪我は?」


「だ、いじょうぶ…き、君こそ大丈夫…?っていうか、それよりここは…?」


「あの屋敷の外の森の中です。一応、辺りに危険は無いか確認してあります」


なんとか痛みの引いてきたヘルトは涙目で少女に向き直った。


「その、助けてくれてありがとう」


「いえ。私も貴方の魔力を貰って強化出来たので、大事なくすみました。感謝します」


そう言った少女は、眉尻を下げ少し心配そうな表情になる。


「それより、私は貴方の額の方が心配ですが。本当に大丈夫ですか?」


「いや、…見た目によらず、丈夫な骨をしてるんだな…」


「あぁ、特注の氷雪ガラスだと先生は言っていたので、大抵の物よりは頑丈にできていますから」


「氷雪ガラスって…あぁ、帽子に練り込みでもしてるのか?」


少女の頭の上に乗った軍帽を見て言った。


「…、文脈的に、骨組みの話ですよね?」


ぱちぱちと目を瞬かせて首を傾げた少女に違和感を感じる。


「骨組みって…」

「あ、そうか。前提条件が噛みっていないのか……自己紹介が遅くなりました」


佇まいを正し、少女は胸元に手を当てる。

これまでの無表情が消え、和やかな、好意的にとも思える笑顔を見せる。


「初めまして、私はシュティル。エストレア国により産み出された戦闘用アンドロイド。種族はロイド種、属性はスノウロイド」


よろしくね、とこれまでとは違う、作られたような柔らかい声色で話す少女、シュティルの言葉にヘルトは目を白黒させた。


「戦闘用アンドロイド!?」


どこからどう見ても可憐と言う言葉が似合うような少女が伝えてきた内容が、あまりにも突拍子もないものだったため自分の耳を疑った。


「エストレア国に敵対するものを殲滅するべく作られたアンドロイド…とは言っても、実戦で使われた事は無いとは思われますが」


普通の少女のような自己紹介の後に、無表情かつ無機質ない声色で言ったシュティルにヘルトは首を傾げた。


「無いと思うって…どういう事だ?一応、自分の事なんだろう?」


「おそらく、私の記録は一部を除いて消えています」


「記憶喪失って事か?」


「記憶…って言うのは語弊がありますが、恐らくは。私が作られた西暦や、製造方法、これまでの経歴…不自然に抜けている記録が多い。それに…」


そこまで言った後、シュティルは静かにヘルトを見つめた。


「それに?」


途中で言葉を詰まらせたシュティルに問いかけるように言うと、シュティルは首を横に振った。


「いいえ、なんでもありません。…あなたは?」


あからさまに話題を変えられた、とは思ったが、そういえば自己紹介すらしていなかった事に気付く。


「あ、そうか…俺、まだ自己紹介もしてなかったのか…俺はヘルト、ヘルト・ゼルプスティ。一応、エストレア国の勇者に選定されてる」


「勇者…?…世界に五人選ばれる存在」

ポツリと繰り返し、不思議そうに首を傾げる。


「……どうして勇者が一人であんな所に?討伐命令でも出ていたのですか?」


「あー、ええと…契約できる強い魔物とかいないかな、と思って…」


「魔物と契約する為?…すみません。もうあの場所に魔物はいないのです」


「えっ!?それは、全部君が…?」


「一階にいた大きいドラゴンだけ取り逃してしまいましたが、あの部屋にいた魔物はすべてもう処理が済んでいます」


そこまで言うと、ヘルトはうなだれた。

「そうだよなぁ…いや、もし残っていたとしても俺には制御できなかっただろうし…いや、でも…」


頭を抱えるヘルトに気の毒そうな顔をしたシュティルがその背に手を当てた。


「どうしてあの場所で魔物と契約なんてしようとしたのですか?」

「それは、その…」


勇者として未熟すぎて、自分の相棒になってくれる人がいないから、なんて情けない事を言って笑われないだろうか。学園で散々馬鹿にされてきたという事実があるため、尚更他人に対して臆病になっていた。

目を伏せた後、シュティルを伺うように見つめた。彼女の瞳には負の色はなかった。


「……俺は、ハイルラントという学園に生徒として通っているんだけど…そこでは生徒は自分の相棒となる客生を見つけて入学させる義務がある。でも、俺はまだその相手を見つけられていないんだ」


「…それと魔物とどう関係が?客生と言うくらいだし、人じゃ無いといけないんでしょう?魔物を客呼ばわりするとは思えません」


「いや、生徒が選んだ相手なら何でも良いんだよ。動物でも、魔物でも…基本的には人だけど、生徒が制御出来るものなら許されるんだ」


「それなら、あなたはどうして人を選ばないのですか?基本的には人を選ぶのでしょう?」


不思議そうに聞くシュティルに、目が泳いだ。

誤魔化してしまおうか…。

そう考えたが、無機質なアンドロイドの瞳にそんな気も失せてしまう。

取り繕ったところで、どうとなる物でもない。


「その、恥ずかしいけど…俺は出来損ないの勇者だって言われてるんだ。俺を除いた今代の勇者は粒揃いだと噂されてる。魔法も氷魔法しか使えないし、その氷魔法の中でも氷雪ガラス作りとか、目くらましの吹雪しかまともに扱えない…だから、皆は恥さらしの勇者の相棒にはなりたがらないんだ」


目を伏せて、さらに続ける。

「それに、本当なら6年間の学生生活のうち、相棒は1年生の間に決めないといけないんだけど、俺はもう3年生だから、先生達も、もうかばい切れないらしくて…国から相棒候補を打診されそうなんだ。でも、俺は……」


そこまで言うと、黙り込んで真剣に何か考えているシュティルの姿を見て、慌てた。もしかして、気を使わせてしまったかもしれない。アンドロイドにそんな感情があるのかは分からないけれど。


「ああ、でも大丈夫だ。もし見つからなかったとしても「ヘルト」


ヘルトの言葉を遮るように言ったシュティルの表情は、何かを決めたように見えた。


「あなたは、アンドロイドはお嫌いですか?」



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