第3話 出会い
目を見開いたヘルトがそのズラリと生えた鋭い牙から逃げるように後ろに仰け反るも、顔の半分が魔物の口内へ飲み込まれかける。
その時、仰け反りすぎてバランスを崩して倒れそうになったヘルトの背中を優しく支えられた。
そして、その顔の真横から黒に包まれた華奢な腕が一本生えてそのまま魔物の顔面に勢い良くぶつかり、顔面の上半分を吹き飛ばす。
残された魔物の顎から下の部分から泥のように真っ黒な体液が噴き上がる。
ヘルトは、まるで噴水のように飛び散るそれがスローモーションのように見えた。そして、自身を支えるその手の持ち主を見上げる。
そこにいたのは、先ほどまで骸を抱いたまま眠りについていた美しい少女だ。長い睫毛の下に隠されていた瞳は開けられ、瑠璃色の眼球がヘルトを見下ろしていた。
「あ、ありが、とう」
ジッとこちらを見下ろしてくる少女の目力に気圧されながらもお礼を言うと、少女は何か言いたげに唇を開きかけた。
しかし、何かに気を取られたように無言で前に向き直る。
それに釣られて少女の視線を追うと、2人を取り囲み、ジリジリと距離を詰めてくる魔物達の姿があった。
「ま、まずいな…」
ヘルトは苦虫を噛み潰したような顔をしてから、真剣な表情で少女に言った。
「な、なぁ、ここは俺が囮になるから君はその隙に逃げてくれ」
それを聞いた少女は、大きな瞳を更に大きく見開いた。
「…それは、どういう意味ですか?貴方は、この魔物の群れを1人で倒せるという意味でしょうか」
魔物達の動向に目を光らせながら無表情に問いかけてきた少女に、ヘルトは引きつった顔で答えた。
「いや、99%無理。残りの1%は屋敷が崩れでもして相討ち出来たらいい所だ」
「…なら、どうして囮になると言うのですか?」
本当に不思議そうな表情で、チラリとこちらを見てきた少女に笑いかける。
「じ、自分でも、分からない…でも、君が助かれば良いな、とは思う。その、多分君は俺より強いだろうが…」
魔物の眼力にカチカチと鳴りそうな自身の歯の根を叱責しながらそこまで言葉を紡ぐと、自身でも何が言いたいのかが分からなくなり、黙り込んだ。
「つまり、貴方は死んでも良いということですね」
何かを理解したかのように頷く少女に、ヘルトはギョッと目を剥いた。
「そんな訳無いだろう!?」
荒げられたその声に反応する様に、ヘルト達の正面にいた魔物が飛びかかってくる。
「っわぁ!?」
悲鳴をあげたヘルトを庇う様に少女が立ち塞がり、向かって来た魔物数体を華奢な拳で、長い足で吹き飛ばした。
吹き飛ばされた先から、魔物達は黒いモヤを上げながら消滅していく。
「死にたくないなら、あなたが取るべき行動は逃げるという選択肢が1番だと考えます。今の私ならば、この数であれば問題なく殲滅できます。逃げ道が無いと言うのなら、私が作りましょう」
なんて事無いように言った少女の姿に、ヘルトは間髪入れずに反論する。
「いくら強くても、女の子を1人で置いて行けるわけない!」
その声に、少女は思わずとばかりにヘルトを振り返って見つめる。思考するように数瞬の間を経た後、
「…私が今からする事を許可頂けるのであれば、貴方は囮にならず、殲滅時間の短縮が可能になります」
「!」
「しかし、貴方に負荷がかかる恐れがありますが。どうなさいますか」
ヘルトは思わず少女を見つめたが、少女はその視線に試すようでいて、無機質な眼差しで一瞥すると、今にも飛び掛からんとする魔物に向き合ってヘルトに背を向けた。
「…良いよ…君と、此処から出られるなら」
覚悟を決めたように言うと少女は数度瞬きをした後、こう返した。
「了解」
そう言うと、少女は大きく足を振り上げて床を割るような勢いで足を叩きつけた。
少女の華奢な足から放たれたとは思えない衝撃に耐えられず、床にはヒビが入り、そのヒビの間からいくつもの氷柱が猛然と出現し、近くにいた魔物たちを貫いた端から凍っていった。
それを呆然と見ていたヘルトの正面に、いつの間にか移動していた少女は冷たい両手をヘルトの両頬にあてて口を開く。
「では、いただきます」
少女は顔を寄せ、残り数センチでキスしてしまうと言うところまで唇を近付けた。
「な゛ッ!?」
女性に免疫の無いヘルトは顔を真っ赤にしてたじろぐ。そんなヘルトを尻目に、少女は薄く開いた桃色の唇から大きく息を吸い込んだ。
その瞬間ヘルトは、まるで身体から力を引きずり出されるような感覚に陥った。
「何だッ…?魔力、が…」
急激に力が抜けていく感覚に視界が揺れ、少女が支えていないと床に膝をついてしまいそうだ。倦怠感にも似た何かがヘルトを襲った。
視界がどんどん狭まり、意識が途切れそうになる。そこで、少女はヘルトから顔を離してヘルトを優しく床に横たえた。
「少し、眠っていてください。貴方は私が守ります」
そんな言葉を聞きながら、ヘルトが最後に見たのは腰元の剣を引き抜き背を向ける少女の姿だった。
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