あの頃は……

穂志上ケイ

読切

 出会い方はよく覚えていない。多分緊張で見えていなかったのだろう。気がついた時にはよく目が合う生徒として認識していた。

「せんせー。今日もよろしくね」

 教卓の目の前の席から女子生徒の声が聞こえる。

「う、うん。よろしくね長谷川さん」


 ◾️◾️◾️

「今日から三週間教育実習にきた南凛華です。担当は国語です。皆さんよろしくお願いします」

 教室中から大きな拍手の音が鳴り、何人かは「よろしく〜」や「凛華先生〜」などの言葉が飛び交っている。

「それじゃあ南先生に質問ある人〜」

 担当の先生がクラスの子たちに問いかけた。すると意外にも手が上がり、それに対しての質問に答えていく。

「先生って彼氏いますかー?」

 元気な男の子がそう問いかけてきた。

「えっと……」

 やっぱりこの質問来ちゃった。どうしよ、こういう時は「秘密です♡」って流すのがいいってみんな言ってたけど嘘つくの苦手だし。

「い、いません」

 すると大抵の男子生徒が。

「じゃあ俺立候補しちゃおうかな〜」

「俺も!!!」

 などと大盛り上がり。

「ほんと男子って単純すぎ」

「ね〜」

 それからいくつか質問に答え、最初のホームルームは終了した。

 数日間私は担当の先生の授業を見学し、来週から担当する授業の資料作りに勤しんでいた。勿論、生徒とのコミュニケーションは忘れずにやりそのお陰か大半の生徒とは仲良くなることができた。

「あっ」

 私はよくある生徒と目が合う。目が合うなんて普通のことかもしれないがなんて言うかその生徒とは周波数が一緒と言うべきなのか。

「ねえ、せんせー」

「どうしたの?」

 席から立ち上がりこちらへ寄ってくる。

「また目合っちゃったね」

 そんな無邪気な笑顔に可愛いと思ってしまった。

 彼女は長谷川遥香。担当しているクラスの女子生徒だ。

 短く手入れされた髪にスラリとした体型。少し幼さが残るが一般的な高校生と言えるだろう。

「そうだね」

「もしかしてせんせーって私のことずっと見てるの?」

「うーん、ずっとではなけど見てるよ」

「えっ!?」

「まだ話してない子もいるし、早くみんなと仲良くなりたいからどういう子なのかな〜って感じで見てるよ」

「何だ、私だけじゃないんだ」

 とボソリと呟いた。

「ん?」

「そっか。早く仲良くなれるといいね」

 そう言って遥香は教室を後した。


 ◾️◾️◾️

 私が担当の一年生は実習中、あるイベントがあった。

 それは外国人留学生たちとダンスを踊るイベントだ。

 二日間の練習期間と一日の本番。計三日イベントに参加する。勿論担当の私も必須参加である。

 全体を見渡しているとまた生徒と目が合う。

「せんせー、頑張ろうね!」

 両手でガッツポーズを作りこちらを見る遥香。

「うん、頑張ろうね」

 と言っても教育実習中には変わりないので最後の研究授業のための資料などを作るためガッツリは参加できない。偶に踊って途中学校指定のダブレットで生徒の活動写真を撮るくらいだと他の先生から言い渡されている。

 一通りイベントの説明が終わり、私たちは三つのグループに分けられた。

 最初は頑張って参加していたが日々の運動不足のせいか、それとも練習が中々ハードなのか早々にバテてしまい、生徒の写真を撮ることに専念することに。

 多くの生徒はカメラを向けるとしっかりとこちらに目線を向けてくれる。

 まあ途中、何度か一緒に写真を撮ろうと言われたが断っておいた。

 主に男子生徒からだけど。

「ごめんね、後で先生に確認取れたら写真撮ってあげるから」

 生徒と一緒に写るのはどうなのかと思いその時は撮らないようにしていた。

 実際確認した所撮ってもいいとのことだったので後で一緒に撮ろうと思った。せっかくに思い出だし。


 翌日

「先生!今日は写真撮ろうぜ!」

「そうだね。休憩時間があるからその時にね」

「よっしゃ」

 昨日あれだけダンスの練習をしてたのに元気だな〜。

 高校生に関心していると後ろから袖を引っ張られる感覚があった。

 後ろを振り向くと遥香の姿が。

「せんせー、私も一緒に写真撮りたい」

「うん、いいよ」

「っ! や、約束だからね」

 嬉しそうにその場を立ち去る遥香。

 ほんと、高校生って可愛いな〜。

 そしてダンスを始める前のウォーミングアップとして近くの子たちと手でハートを作ったりおんぶやお姫様抱っこなどをやり始めた。これがウォーミングアップとは中々恥ずかしいようなハードのような。

 でもこう言うのは絶好のシャッターチャンス。

 私は生徒の写真を撮るためにカメラを向ける。

 流石にポーズがあれなのか恥ずかしがる生徒も数人。

「先生!一緒にポーズしてよ!!」

「あっ、ずりぃーぞ。俺も」

「じゅ、順番にね」

 勢いに押され、生徒とポーズをとり始めた。

「ほら、次のダンス始まるから終わり!」

「え〜、まだ俺やってない」

「私も〜」

「休憩時間にやってあげるから」

 ふう。高校生は本当に勢いが凄い。気をつけないと。

 それからいくつかのダンスの練習をし、半分が過ぎた所で15分休憩が入った。

「先生!!」

 複数の生徒が私の元に寄ってくる。

 お、多い。

 生徒と写真を撮るため、持っていたタブレットを他の先生に渡し写真を撮ってもらった。

 約束通り、ポーズをして撮ったり普通に生徒同士の写真を撮ったり休憩時間の方が元気なんじゃないか?って思えるほどだった。

「せんせー、写真」

「お待たせ。どんな写真にする?」

「えっと……ぎゃルピ」

「ギャルピって下にピースするやつだよね?」

「うん。駄目?」

「大丈夫だよ。ただ先生あんまりやったことなくて」

 すると暫く沈黙の後、遥香は笑い始める。

「やったことないって、何かせんせー可愛い」

 予想外の返答が返ってきてびっくりする私。

「か、可愛い? 私が?」

「せんせーって結構無自覚? みんなから人気だよ」

 そ、そうなんだ。

「ほら、早く撮ろ。時間なくなっちゃう」

「う、うん」

 カシャ。

「ありがと、せんせー。後でその写真ちょうだいね」

 写真を確認するとそこにはぎこちないピースをした私と慣れて可愛く写った遥香の姿が。

 写真写りの練習しよう。と私は密かに思った。


 本番当日。

 午前中は練習をし、午後から本番に入る。保護者の方や上級生もショーを見ることができる。

 成功するといいな。

 ショーが始まり、生徒が一斉に踊り出す。

 メドレーの音楽に合わせ、覚えた動きをしていく。

 途中、生徒のソロパートがあり、歌が上手な生徒ダンスが上手な生徒が前に立つ。

 そんな光景を参加しながら、見ていると瞳から涙が溢れる。

「えっ?」

 自分でも不思議に思った。まさか涙を流すなんて。

(そっか。私は思ってる以上にこの子たちが好きなんだ)

 終わりゆくショーと残り二日の教育実習に寂しさを感じた。


「みんな、三日間お疲れ様でした。疲れてと思うから手短に話すね。明日も学校があるから早めに休むこと。それと写真欲しい人は私の所まで来てください。以上です、解散」

 全体からは「疲れた〜」や「楽しかったね」など色々な言葉が飛び交っていた。

 そして数人の生徒は教卓の、つまり私の前に集まってきた。

「先生!写真ちょうだい!」

「はいはい、順番にね」

 それから30分くらい写真を生徒に送っていた。

「よし、これでおわ……」

 教卓で体を伸ばしていると目が合う。

「せんせー、お疲れ」

「まだ、残ってたんだね。長谷川さん」

「うん。というかせんせーを待ってたの」

「私を?」

 すると鞄から携帯を取り出した。

「これで一緒に写真、撮りませんか?」

 携帯で少し顔を隠す遥香。

「一枚だけだよ」

「ありがと、せんせー」

 自撮りをしたいと言い出した為、私は顔を近づける。

「……せんせーはもうちょっとで帰っちゃうんだよね」

「そうだよ」

「寂しいな〜」

「私も寂しいよ。みんなと会えなくなっちゃうし」

 少し不機嫌そうにする遥香。

「ずっと居てくれたらって思う」

「それは無理かな。大学もあるし」

「わかってるよ。でも居てほしい」

「……ほら、撮ろ。早くしないと他の先生に見つかちゃうし」

「う、うん」

 とびっきりの笑顔で私たちは一枚の写真を撮り終えた。

 

 ◾️◾️◾️

 最終日。

 最後の授業、つまり研究授業を終えた私は脱力感に満ちていた。

「研究授業お疲れ様でした」

「ありがとうございます。少し失敗しましたけど」

「授業には失敗は付きものです。その失敗を次にどう活かすかが大切ですから」

「そう、ですね。次はしっかりと反省して活かしてみます」

「ふふっ、楽しみにしていますね」

 そして授業全てが終わり、担当したクラスと別れの時間がやってきた。

「三週間、ありがとうございました。みんなが私と仲良くしてくれて実習中とても楽しかったです。授業も上手くできるか不安だったけど、積極的に発言してくれたりしてとっても助かりました」

 実習の感想と挨拶を終えた私を前に生徒たちは一斉に立ち上がった。

 そしてまた生徒と目が合う。

「南せんせー、三週間ありがとうございました。これ受け取ってください」

 渡されたのは「南先生へ!」書かれた色紙だった。

 その瞬間涙が溢れた。

 本当に私はこの学校の実習に来れて良かったと感じた。

 だってこんなにも涙を流せるんだから。

 生徒と別れを告げ、一人教室に残った私。

「ここも見納めか」

「せんせー」

 突然教室に入ってくるせいが一人。

「長谷川さん」

「せんせーまた泣きそうになってるよ」

「そ、そんなこと……」

「でも実際、私も泣きそうなんだ」

 そう言って背中に抱きついてくる遥香。

「せんせー、行かないで。ずっといてよ」

「……」

「私、せんせーのこと好きなの」

「えっ?」

「一目惚れだよ。教卓の前にきたあの日から。いつも目が合って嬉しかったけど恥ずかしいって気持ちもあった。一緒に写真も撮れて嬉しかったし、だからずっと一緒に居たい」

「ありがと、その気持ち凄く嬉しいよ。でもね今の私じゃその気持ちには答えられないよ」

「……うん。知ってるよ。でもどうしても伝えたかったの。じゃあせんせー、さよなら」

 教室を飛び出していく彼女を追いかけることができなかった。

 でもこうすることが正解だと心に言い聞かせた。

 少し落ち着いた頃、教室を出ようとすると一つの手紙が置いてあった。

 そこには長谷川遥香と記されていた。

『せんせーへ。きっと直接は言えないと思うから手紙に書きます。せんせーのばーか。いつかせんせーが惚れちゃうような美人になって戻ってくるからそれまで彼氏作らないでよね』

 といくつか濡れた箇所がありながら書かれていた。

「……ふふっ、流石に30までには結婚したいんだねどね」


 数年後

「って話があってね」

「もう、せんせー恥ずかしいからやめてよ」

 カフェでは実習の時の生徒が何人か集まっていた。勿論その中には遥香の姿が。

「でもせんせーだって次の年度に先生として入ってきたでしょ! よくあれだけ泣いたのに帰ってこれたよね」

「いや〜、やっぱり教師になりたくて。でも嬉しかったでしょ。遥香ちゃんは」

「そ、そりゃ、嬉しいけど」

「でもまさか南先生とあの遥香ちゃんがね」

「一途には敵わないってことですね。先生遥香を大事にしてあげてくださいね」

「勿論だよ。ね〜、遥香ちゃん」

「ちょ、ちょっとせんせー。こんな所で抱き付かないで。みんな見てるから〜」

 あの日の経験は私を少し成長させてくれた。そして可愛い彼女をくれた。

 そしてこの先もこの子の彼女で、立派な教師を続けていくんだと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あの頃は…… 穂志上ケイ @hoshigamikei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る