社畜と勇者は逃げだせない
橋月
第一章「こんにちはストレンジャー」
0.「あの頃僕らは」
逃げた勇者を拾ったとき、思い出した感覚があった。
子供の頃、俺はゲーム画面の中で一人戦う勇者に憧れていた。当時自覚はなかったが、それは劣等感を含んでいた。
――どうして逃げないんだろう?
コンティニューを繰り返すうちに忘れてしまったが、当時は暗いステージや巨大なボスが出てくるたびに、不安と一緒に湧いていた感覚だった。
きっと、剣と盾を持って敵に立ち向かっていた勇者が、画面の前の自分とちょうど同い年だったからだ。
もしそこにいるのが俺だったら、きっとすぐに逃げてしまっている。
小学生の俺は画面越しでも少し手を震わせながら、剣を構える勇者に憧れて、コントローラーを握りしめ、繰り返し挑んでいた。
諦めずに何度も。
新たな敵が出るたびに。
学んで、考えて、試していた。
勇者が逃げないのは勇気があるからだった。
あの頃の俺は、ただただ自分にはない勇気に憧れていた。
――そんな子供も今や五年目の社会人だ。
いつの間にかあの勇者も、色々な物語の主人公達もずっと歳下になっていて、もちろんもう憧れているわけもなかった。あるのは、たぶん羨ましさや尊敬なんかだ。
きっと同情もあった。
社会の片隅の小さな会社で、少しずつ出来ることが、責任が責務が増えていったからだろうが、何かのタイミングでこう考えたことがあった。
もしかすると勇者は逃げないのではなく、逃げだせないんじゃないかと。
世界を救う役目、全人類の命運なんてものを託されてしまったら、もしかして勇気なんかなくたって戦うしかないんじゃないのか。
彼女を拾うまで忘れていた、くだらない妄想のはずだった。
まさか答え合わせをすることになるなんて、思ってもみなかった。
その子は、その逃げてきた勇者は、
――本当に逃げだせなかったんだ。
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