第三章 君に寄り添う光になりたい

17 胸の中の黒い穴

 ライブツアーが終わり、ルネとジローは城に戻ってきた。翌日は旅の疲れを癒すために休息の日となったが、翌々日からレッスンを再開することにした。


「早速ですけれど、大規模ライブを開催しようと考えています」


 ランニング、筋トレ、柔軟体操といつものトレーニングの合間に、ジローはルネに話す。


「大規模?」

「はい。

 ライブツアーを開催した各地からの、早速精霊の祝福の効果が出ていると城に報告がありました。それで、城で大々的にライブをしよう、という提案が国王に認められました」

「国王陛下……父上に……」


 ルネはなんだか信じられないまま、呆然とした表情で呟いた。


「城のテラスとテラス前の広場を使ってのライブです。大勢の国民を前に、王子にはテラスからパフォーマンスをしてもらいます」

「テラス……もう何年も立ってないや。僕、大丈夫かな」


 不安そうに、ルネは俯いた。励ますように、ジローは笑う。


「ルネ王子なら、きっと大丈夫です。早速ですけど、ライブに向けて新曲の練習も始めましょう。

 新しいグッズも作りたいし、衣装も新しいものを用意したいし……楽しみですね!」


 ジローの笑顔に、ルネは自分の不安を押し殺して、無理矢理笑顔を作って頷いた。


「うん。僕、頑張るね。だから……またアイドルのこと教えてね」


 ジローは頼もしい気持ちで目を細めてルネを見た。眩しいものでも見るかのような表情だった。


「俺のアイドルの話なんかなくても、ルネ王子は大丈夫です。ルネ王子、頑張ってください」


 ルネは血の気が引くような心持ちになった。倒れそうになるのを堪えて、必死に笑顔を作る。

 ジローの笑顔を壊したくはなかった。ジローにがっかりされたくはなかった。だからジローが求めるアイドルにならなければならない。

 笑顔で、頑張って、いつだって輝くアイドルに。

 ルネは目一杯楽しそうな表情を作って笑う。


「うん、頑張るよ! ライブ、楽しみだな!」

「それじゃあまた午後に。この後、新しいグッズについての打ち合わせがあるんです」

「そっか、忙しいんだね……。それじゃあ、新しい曲のレッスン、楽しみにしてるから」


 ルネの笑顔に、ジローは何も疑問を持たなかった。

 ライブツアーの成功、新しい目標である大規模ライブ、たくさんのやるべきことで頭がいっぱいだった。

 ルネは順調にアイドルになっている。なんの心配もしていなかった。




 ──こんなとき ひとりだって

 ──寂しいわけじゃないけど


 ルネはひとり、自室で歌を口ずさむ。

 練習のためではなく、ひとりでぼんやりしていたら、自然と口をついて出てきた歌だった。


 ──寄り添った その距離だけ

 ──ココロ 隙間 埋まってた


(導師さまは、僕に新しい世界を見せてくれた。アイドルという希望をくれた。一番になれなかったなんの価値もなかった僕に、目指すべき道を教えてくれた)


 窓を大きく開いて、頬杖をついて城下町を眺める。

 精霊の祝福が失くなってしまった世界で、人々はそれでも生活を続けていた。


 ──きっと 本当は ずっと待っていたんだ

 ──この気持ち 共鳴するような 瞬間

 ──そう 運命を!


(そう、導師さまとの出会いは、僕にとっては運命だった)


 風が吹き抜けて、ルネの金糸の髪を揺らす。柔らかな髪が、日差しにきらきらと輝いた。


 ──だって ココロ こんなにずっと

 ──弾んで 弾んで 止まらない


 ライブツアーで、様々な人の前でパフォーマンスしたことを思い出す。

 歌って、踊って、喜んでくれる人たちの表情。それは確かにとても嬉しいことだった。

 それでも──。


(僕は導師さまに喜んでもらいたい)


 この気持ちはなんだろう、とルネは考えながら口ずさむ。


 ──走る衝動エモーション 鳴り響く共鳴エコーズ

 ──僕ら 気づいて しまったんだ


(ああ、そうだ。僕は導師さまに認めてほしいんだ。どれだけたくさんの人が褒めてくれても、導師さまが褒めてくれなくちゃ、駄目なんだ)


 自分の中のジローの存在の大きさに、ルネは自分で気づいてしまった。

 途端に、ジローに突き放されたかもしれないという不安に襲われる。今はそうじゃなくても、いずれそうなるかもしれない、と怖くなる。

 それは目の前が真っ暗になって、足元が崩れてどこまでも落ちてゆくような恐怖だった。


 ルネは歌を止めて、大きく首を振った。金糸の髪が乱れて広がる。


(ううん、導師さまは僕のことを見ててくれる。僕のことを……見ててくれる、よね? 僕、導師さまを信じても良いよね?)


 ルネは窓から離れると部屋の中に立った。

 装飾の多い部屋だが、それ以上に広い。ルネが軽く踊るくらいのスペースはあった。


 ──君と 君と 君と

 ──溢れるメロディ 紡いでゆく


 ダンスしながら、ルネは歌う。

 ルネにとっての「君」はジローのことだった。まるでそこにジローがいるように、目の前に手を差し伸べる。


(僕がパフォーマンスしたら、導師さまは笑ってくれる! 喜んでくれる!)


 ──ココロに嘘は つけないから

 ──一緒に進むって 決めたから


(そうだ、僕は導師さまについてゆくって決めたんだ! 導師さまが僕をトップアイドルになれるって言ってくれたあの時から!)


 ──僕ら 僕ら 僕ら

 ──僕ら 出会って しまったから!


(僕は導師さまを信じて、ついてゆく! 導師さまに喜んでもらう! 認めてもらう!)


 そう決意したそばから、ルネは泣き出してしまった。その場に崩れ落ちて、床にうずくまって涙を流す。


(そのために頑張るって決めたのに、なんでこんなに悲しいんだろう)


『王子は王子のままで良いんです』


 ジローの言葉を思い出す。

 自分のままってなんだろうと考えると、胸の中に大きな黒い穴が見えた。何もかもを吸い込んで、何も残さない大きな穴。覗き込めば深く落ちていってしまう穴。


(僕には何もないのに! このままで良いはずがないのに! 導師さまはどうしてそんなこと言うの……!?)


 しばらくの間、ルネは声を殺して泣き続けた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る