開かない扉
ノーネーム
第1話 救出作戦
ここはとある街のダンジョン。
勇者たちは、魔王軍にパーティーの一員を捕らえられた。
勇者らは、囚われた仲間の救出のため、数時間前、この魔王のアジトに踏み込んだ。
そして、襲ってくる敵を薙ぎ払いながら、やっとの思いで、最上階に辿り着いた。
この扉の先には、ボスが居る。ボスが待っている。
この扉を開けた先には…勇者は、パーティーのメンバーと目を見合わせ、頷いた。
唾を飲み込み、扉に手をかけ…
「行くぞッ!」
踏み込もうとした矢先、扉にぶつかった。
…え?…扉が、開かない…
「なんで?」
想定外の事態。いくらやっても、扉が開かない。先に進めない。
「ちょっと、どうなってんの、これ?」
「わからねぇ…」
「おいおい。」
え?どうすればいい?…勇者は焦った。ここに来るまでに、最上階手前の扉の鍵を開けた。戦闘を経て、マスターキーを探し当ててだ。
そこからここまで登って来た。…で、最上階。扉の前。
マップには、確かにここがラストステージ手前の休息場だと示されている。
この先には、捕らえられた仲間と、魔王が。
勇者は、一刻も早く仲間を救い出し、魔王を倒さねばならない。
だが、何度やっても、先へと通じる扉が開かない!
「ふざ、けるなッ!」
パーティー全員、扉はその形状の敵だと思って、武器で攻撃。
…が、なんの反応もない。なんの反撃もない。扉は、ただの扉だった。
「…噓だろ?」
勇者は、ガクリと膝をつく。ここまで、幾多の死線を乗り越えて、
血反吐を吐く思いで己のレベルを上げ、装備を整え、
強敵を倒し、幾多のダンジョンを乗り越えてきた。
やっと…やっとだ。やっと魔王の元までやってきたんだ。
約束された栄光。そのすべてが、この扉の先にあるのに…!
無力。絶望。
目の前の、たったひとつの扉が開かないだけで、すべての努力が無に帰すのだ。
「バグ…だよな。これって。」
勇者は、剣を天に掲げ、叫んだ。
「創造主よ、扉をッ…扉を開けたまえッ!」
賢者は、杖を手に、祈った。
「どうか…」
ヒロインは、床に膝をつき、祈った。
「お願い…」
…が、無音。場には静寂のみが、広がるばかりだ。
勇者が言う。
「セーブデータは、ひとつだけ。セーブもさっき、ここでしてしまった。
現状、アジト突入前に戻るデータは存在しない…」
…パーティー内の見えない苛立ちが、ふつふつと沸き立つのがわかる。
「理解していると思うが…俺たちは、この扉が開かない限り、先に進めない。
このゲームをクリアすることができない。」
装備は万全。アイテムも消耗はあるが十分残っている。…なのに。
「おい…ちょっと待て。先には進めない、アジト突入前にも戻れない。
ってことは、俺たちはここに閉じ込められたってことじゃあねぇのか?」
格闘家が言う。
「ここは独立したステージだよね。このままじゃ、街にも戻れないってこと?」
ヒロインの動揺。嗚呼。
「いやだいやだ!こんな暗がりにずっと閉じ込められるなんて…!」
「たったひとつ方法があるとすれば…」
賢者が言う。
「何?」
「全員で勇者を…殺し…起源に戻り、最初から…‘‘ニューゲーム‘‘を選択するしかない…」
勇者は、先ほどとは違う意味で固唾を飲んだ。そう。勇者が死ねば、ゲームは一度終わる。
だが、このパーティーは一度も全滅したことはなかった。実質、無敵のパーティーだった。
勇者は、死んだことがなかった。
「だ、だめだ…それは…」
「でも、それしか、バグを回避する方法はない。もう一度最初から始めるしか…」
「も、もうやめよう、この議論は。」
隠されたもう一つの方法。
ゲームをやめて現実に帰る…しかしそれは、彼にとって死を意味していた。
もとより、現実逃避のために始めたこのゲーム。彼にとってはとうに、
ゲームが現実と化していた。それは仲間とて同じ。それ故の無敵のパーティーだ。
「勇者…」
「勇者…」
「ゆうしゃ…」
パーティーの面々が、勇者を取り囲む。
New Game。バグを回避回避回避rrr…
いやだ、死にたくない…それは怖い。怖い怖い。
勇者。いや、「林 健太郎」は恐怖していた。積み重なる状態異常。
「ビビり。」
子供の頃の記憶…砂場の記憶…あの子がそう言って朗らかに笑う。
嗚呼、現実が回転。
「勇者、俺たち私たちののために死ね。」
「待って」
「大丈夫、また会えるからさ。」
パーティーは、扉を背にして立つ勇者に、剣を振り上げた。
勇者の長い長いHPが尽きるまで、何度も何度も、長い長い暴行は続いた…
扉の向こう、魔王が笑う。
「あ~あ、あと一回、扉を攻撃していれば、扉は開いたのに。
みんな。簡単に諦めちゃったねぇ。」
「…ううっ、ああああああああああッ‼」
囚われた「仲間」の慟哭。その眼は魔王への殺意でみなぎっている。
「お前は殺さないよ。まだまだ利用価値があるからさ。」
…が。これは実際は、「仲間たち」の「勇者殺し」の正当化のための妄想。
扉が開かないのは、本当にバグだった。
地面。勇者は、おびただしい血を流して死んでいた。
そこからNew Game。になるかと思われたが。
勇者はひとり、現実に戻っていた。
(選択権は勇者にあるのだから。彼は‘‘ひとり‘‘で、ゲームをやめた。)
「勇者のやつ、遅いなぁ…」
そこから時間にして数十年後、殺風景な血みどろのラストダンジョンで、
パーティーは今日も、扉の前の「回復装置」で得た無限の命で、
尽きた食事によって飢餓に陥ることもなく、敵もいなく、
文字通り「無敵」の安全なこの地で、勇者の選択を知ることもなく、
知ろうともせず、毎夜、「パーティー」を繰り広げていた。
いつの間にか、かつては勇者と恋仲だったヒロインと格闘家の間の子供も大きくなり、家系図が出来上がろうとしていた。
そこから数百年後、パーティーがラストダンジョンに築いた王国は、
「勇者一向」に魔王軍と間違われて全滅された。
真の魔王は永遠に倒されることはなかった。
開けられることのなかった扉の向こうで、魔王は今日も仲間と談笑し、
囚われた仲間はひとり、ベッドの上で眠っていた。
「扉」は、その世界の果て(最終地点)となった。
否、世界はその存在を抹消された。ゲームはサービス終了となったのだ。
その頃、「元勇者」はスーツにネクタイを締め、
会社へと出勤した。とてもとても眩しい朝。
彼はマンションの廊下から、都会の喧騒を眺める。そしてひとり呟く。
「…行ってきます。」
彼は、自ら決して開けなかった「扉」を開けて、外に出ることを選択した。
この小噺の「エンディング」は、このようにして締めくくられる。
開かない扉 ノーネーム @noname1616
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