【KAC20241】少子化対策専用バイオ端末F【到着】

あんどこいぢ

到着

 正美には三分以内にやらなければならないことがあった。そのコでOKなのか? チェンジなのか? 三分以内の回答がエチケットだとされていた。タブレット端末に映った笑顔を観れば間違いなくOKなのだが……。カタログで観たときよりずっといい。にも拘わらず……。


 正美たちのような若年層向け1Rでは、プライバシーなどあってないようなも──。玄関先にやってきた可憐な何ものかに対し、彼の身体を通し、部屋に残してきたセー子先輩の視線が突き刺さっているような気持ちがした。


 可憐な何ものか?


 彼女は政府肝いりの少子化対策専用ガイノイドだった。無論、少子化対策専用アンドロイドだって一応存在している。とはいえアンドロイドとヒトの女性とのカップリングの場合、妊娠するのは当然、ヒトの女性ということになる。その点は国会審議の際にももっとも白熱した争点になった。

 そして問題のガイノイドの到着可能性大な金曜の夕方、わざわざ正美の部屋を訪ねてきたサークルの先輩=セー子とも、それでさっきまで大論戦になっていたのだ。本当に怒鳴り合いに近い大論戦だった。

『正美君も結局、あんなフェムボットを受け入れちゃうんだ! あんなのとエッチしちゃうんだ! 男たちってほんっと不潔、不純、不誠実!』

『フェムボットじゃありませんよ! 少子化対策専用バイオ端末Fです! ちなみに私たち男性は、同端末Mのことをフェムボットなんて蔑称で呼んだりしないですけどね!』

『当然でしょっ? アンドロイドはホモソーシャルなものの究極的産物だけど、フェムボットはミソジニーの究極的産物なんだから! どっちも女性に対しポリティカリーインコレクトなのよ!』

『端末Mには女性たちからの意見を募った2.5次元的イケメンキャラだっているんですがね!』

『FであれMであれ、それらの使用の結果は常に生物学的女性が妊娠させられるってことになるわけでしょっ? インコレクトじゃないの!』

『FであれMであれ、バイオロイドには非生物学的アシモフ三原則チップがインプラントされています! 金属部品です! ゆえに政治的社会的に、彼女たち彼たちはハードマシーンのロボットと同一カテゴリーになるんですよ! 生物学的云々は偏狭な物質主義的主張に過ぎません!』


 総じて正美の受け答えは、国会で前少子化対策担当大臣=加治球一が行なった答弁に依存していた。もっともセー子のほうだって、それなりのタネ本に頼っているのだが……。

『チップ入ってるからロボットだって理屈なら、外部記憶チップ入れてるひとたちも、ロボットだってことになっちゃうじゃないっ? いえそれどころか、入れ歯入れてたらもうロボットになっちゃうかもねっ?』

 しかしそういった混ぜっ返しに対しても加治大臣は官僚に頼らず自身で答弁していたし、また、内閣府が公表した『彼女たち彼たちを受け入れてくれるひとたちのために──』というパンフレットにもQ&Aが載っていて、正美はそれを引用した。インプラント型外部記憶チップではなく手元のタブレットを読みあげての引用だったため、高かった声のトーンが落ち、多少棒読み気味になってしまったのだが……。

『それこそ物質主義的、科学主義的議論ですね。金属部品云々からロボットだっていっているんじゃなくて、それにより彼女たち彼たちがロボット工学三原則に従うことになるから、彼女たち彼たちはロボットだっていっているんです』

 さらに以降は正美独自のオリジナルで──。

『こういうのって現象学辺りを不器用に齧った、いわゆるリベラル派のひとたちのほうが得意になって話してた議論なんじゃないっすかね? 上野千鶴子だって構成主義でしょ? 男女差を生物学的モノと考えるのが誤りなら、ヒトとロボットの差を生物学的モノと考えるのも誤りですよ。サイボーグ化が進んだ結果百%金属でできたヒトがいたっていいし、反対に百%ヒト由来の素材でできたロボットがいたっていいじゃないっすかっ』

 正美、そしてセー子の議論が空理空論的ものになってしまい勝ちなのは、やはり両者が未だ、千葉第三都心市大学に通う学生たちだからなのだろう。セー子がしぶとく食いさがった。

『脳に埋め込まれた外部記憶チップがハッキングされる場合だってあるよね? その場合大抵は情報を抜かれることが多いわけだけど、でも逆に、情報を注入することだってできるんだよね? たとえばロボット工学三原則を──』

『で、その三原則をインストールされたハッキングの被害者が、今度はロボットになっちゃうんじゃないかって話っすか? その議論は前後関係がおかしいですよ。殺人事件の被害者はもうヒトじゃなくてただの死体なんだから、彼は殺人事件の被害者になり得ないっていっちゃってるようなモンじゃないっすかっ』

 とはいえ彼はそう返しながらも多少不安になり、ハッキング、実行犯、責任能力などのワードを手のひらのタブレットでググってしまった。また同時に、

(あれれ? セー子先輩ってひょっとして、法学部だったっけ?)

 などと記憶を手繰ってみた。

 と、ちょうどそのときインターホンが鳴り、彼のスマートルームと同期したタブレットがフェムボット、もとい、……少子化対策専用バイオ端末Fの到着を告げたのだった。


 ドアを開けるなり何か花の、いい香りがした。

 スミレだろうか? そしてタブレット画面で確認済みのあの可憐な笑顔があった。さらに、鈴の鳴るような声で、

「こんばんはっ。植木正美様ですねっ? 私は千葉第三都心市青年未来部次世代育成課から植木様に給付されることになっている少子化対策専用バイオ端末HRP‐5D‐70ILB0です。私の承認、非承認に関わらず、まず、自律郵便到着の御確認をお願いします」

 と、自然人ではそうそう覚えられるものでないような個体識別番号まで流暢に話した。

 服装は残念ながらライトブルーで装飾性のないツナギのようなものだったが、そのため逆に胸の膨らみ、腰の張りだしなどが強調される結果にもなっている。だがそれで脂下がるわけにはいかない。たとえ相手がガイノイドでも正美は第一印象をよくしたかったし、また背後にはセー子の視線があった。

 元々ガイノイドたちがこんなファッション性のない服で自律発送されるようになったのは、セー子たちに代表されるリベラル派女性たちの反発が大きかったからだ。当初はメイド服、ナース服での発送も計画されていたのだという……。

 可憐なガイノイドによるガイダンスが続く。

「私自身は少子化対策専用バイオ端末ですが、私を承認したからといってヒトである植木様に、生殖行為に関する責任が生じるわけではありません。家事、学生生活のサポート、単なる話し相手役など、どうぞなんでも仰ってください。そうした活動を通じ柔軟に少子化対策に対応する機能も、私たちには備わっています。たとえばヒト同士の自然なカップルを成立させるための機能も、私たちには備わっています。女性との会話の仕方、デートへの誘い方、またデートとコートシップとの概念的差異やそのコートシップへ向けてのステップの踏み方など、私たちとの対話から自然に体得していだだくことができます。アッ──」


 正美の背後に視線を合わせた彼女が、突然慈母のような笑みを浮かべた。

「もうパートナー様がいらっしゃるのですね? 素晴らしいですっ!」

 いつの間にかセー子が、彼のすぐ後ろまでやってきていたのだ。いえこのひとはただのサークルの先輩で、……といおうとした正美の肩越しに、フンッと鼻を鳴らしたセー子が、語尾を不自然に強調した口調でいった。

「するとあんたがこのひとを、私好みのジェントルマンに仕立てあげてくれるってわけね? ずいぶん御親切なのね?」

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