第15話 騎士団長のご来店?




 突然、何かが倒れるような大きな音が店の外から聞こえてきた。


「何事⁇」


 受付で一番扉の近くにいた私は、すぐに外に様子を見に行く。後ろで、ルークの「あ、リディア様! 俺が行きますって」という声が聞こえたけど、気にしないで扉を開けた。


 扉を開けた先にいたのは、膝をついている男性だった。


「ちょっと、大丈夫⁈」

「すまない……、大丈夫だ。少しよろけてしまって、転んだだけだ」


 そう言って顔を上げたのは、金髪碧眼の美青年だった。彼は騎士団員の服装を身につけており、左腰には剣をぶら下げていた。先ほどの大きな音は、剣が地面にぶつかった音だろう。


 彼は私を見ると、グッと眉根を寄せた。そして、「ああ」と思い付いたように頷いた。


「もしかして、あの天然塩アタックの……ゴホン。王都から来たリディア様ですか?」

「ええ、そうよ。あなたは……?」


 彼は胸に手を当ててお辞儀をした。


「俺はウィギンス騎士団の騎士団長をしている、ユーリ・ウィギンズです。リディア様を探しておりました。本日、お時間よろしいでしょうか?」


 突然の騎士団長の来訪と「探していた」という言葉に、私は目を瞬かせた。




⭐︎⭐︎⭐︎




 ユーリ・ウィギンス。騎士団長と聞いていたから、ムキムキマッチョをイメージしていたけれど、意外と線が細い。金髪碧眼で、イケメンの部類に入りそうな美男子だ。

 誰かの『俺は金髪碧眼美少女と結婚するんだ〜〜』という声が聞こえた気がしたけど、慌てて打ち消した。気のせい気のせい。


 ちょうどお客さんもいなかったので、彼を店に招き入れることにした。


 彼は案内された椅子に座ると、ペコリと頭を下げた。


「本日リディア様をお尋ねしたのは……」

「様付けと敬語ははいらないですよ。もうほとんど平民みたいなものなので」

「しかし……」

「もうお客さんのほとんどは、タメ口で話してますよ。平民に接するつもりで大丈夫です」

「じゃあ、俺の方も敬語はいらない。身分の高い女性に、一方的に敬語で話されるのは居心地が悪い」

「わかったわ」


 ということで、お互いに敬語をやめるということで合意した。


「それで、今日はどんなご用件なの?」

「お礼を言いに来たんだ」

「お礼って?」

「前にスライムを倒したことがあるだろう? あの時、討伐依頼が俺のところに来ていたんだ。それを代わりに倒してくれたから、感謝を伝えたくて」


 彼は「本当にありがとう」と深々と頭を下げた。私は慌てて手を振った。


「いえいえ。むしろ仕事を奪っちゃってごめんなさいね」

「いや、君がスライムの攻撃を引きつけてくれたから、街への被害が最少だったんだ。民を守るために動いた君は勇敢な女性だ」


 ……最後の方は、塩をダメにされた怒りで、スライムに立ち向かっていたなんて言えないな〜。


 それにしても、わざわざお礼を言いに来るなんて、真面目な方なのね。


「あと、君には渡したいものがあるんだ」

「渡したいもの?」


 彼はハンカチを取り出して、その中に入っているものを私の目の前に差し出した。


「魔封石を持ってきたんだ。君が倒したんだから、これは君のものだ。しかるところに売れば、お金に……」

「ま、魔封石!!」


 ドライヤーを開発するために欲しいと思っていた物だ。私は思わず歓声を上げてしまった。


「嬉しいわ! ありがとう!!」

「そ、そんなに嬉しいのか⁈」

「ついこの間、欲しいという話をしていたのよ!」


 すぐにドライヤーは作れないだろうけど、何かのヒントになるかもしれない。


 私の反応に若干引きながらも彼は、ほっと笑った。


「喜んでもらえたなら、よかった」

「ええ、本当にありがとう」

「それじゃあ、店の邪魔になっては悪いし、そろそろ俺は失礼する」

「あ、ちょっと待って」


 立ち上がろうとする彼を慌てて引き止める。


「ねえ、せっかく来たんだし、うちのお風呂に入っていかない? 絶対に疲れが取れるから」

「疲れが?」

「だって、あなたお疲れでしょう?」

「……なんで分かるんだ?」

「だって、少し顔色が悪いわ。店前で転んだのも、疲れで足元をフラつかせたんじゃない?」


 前世で、会社の繁忙期の時の同僚がこんな顔してたわ〜って感じ。

 失礼ながら、初めて彼の顔を見た時から「疲れてそうだな」というのは感じていた。


 私の言葉に彼はグッと眉根を寄せて、項垂れた。そして、苦々しげに口を開いた。


「毎日魔物を討伐しては、報告書を書かなければならない。騎士団長としての書類仕事もある中、騎士団は常に人手不足。そんな状況で、働き続けること20連勤」

「に、にじゅうれんきん」

「身の危険もある仕事に志願者は少なく、辞めていく者も多い。それを引き止めること、本日で10人目」

「じ、じゅうにんめ」


 し、社畜だ〜〜っ。


 そんなことを思ってしまった。


「安心してくれ。仕事の効率のために睡眠時間だけは、しっかり取っている」

「そういう問題でもないでしょう」

「だが、俺以外が仕事をやるわけにもいかない。休むわけにはいかないんだ……っ」


 本当に真面目で律儀な人なんだなと思った。そういう人にこそ癒しが必要なはずだ。


 そう。お風呂という癒しが……っ!


 私はずいっと彼に近づいた。


「絶対にあなたにはお風呂が必要だわ」

「あの、圧が強いのだが?」

「お風呂に入れば、効率的に疲れが取れるの。その効果は100倍」

「何かの怪しい勧誘か?」

「騙されたと思って、お風呂カフェを体験していって欲しいわ」

「……そ、そんなに言うなら、分かった」

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