第6話

 何度もリワールドを追い詰めるが、逃げられたり、返り討ちに遭ったり、を繰り返した。

 そこで、俺は一計を企てる。

 リワールドのジャンプ先に先回りして、襲うという作戦だった。だが、これもお互いのジャンプ先に距離があり上手くいかない。アイのやつれた表情に、俺は焦っていた。もう時間がない。もう二桁のループは不可能だろう。


 俺は、どうしてアイと出会ったのか、自問を繰り返した。

 

 

 数回のループ後、高層ビルの屋上で戦った。

 

 剣を持ったアイは、声を張り上げながらリワールドに打ち込み続ける。リワールドは右手の剣で受け止めていく。左手が薄らと輝き始めた。アイと出会ったときと同じ現象だ。その手の平がアイの腹部に向かう。


「アイ!」叫ぶが間に合わない。

 

 光り輝く左手はアイの腹部を直撃した。アイは吹き飛ばされて後方の冊に叩きつけられた。

 

 虫の息となったアイの腹部は真っ赤に染まり、内臓がだらしなく飛び出ている。

 

 リワールドはとどめを刺そうと一歩一歩近づいていく。

 

 ぴくりとも動かないアイは、視線をリワールドから横にいる俺に変えた。〝さよなら〟と言いたげな寂しそうな笑顔を目にしたとき、俺はリワールドに飛びついていた。無意識な行動だった。羽交い締めをしながらそのまま柵に向かった。

 

 覚悟を決めた俺は、腰の高さの柵を越え、リワールドを道連れにビルから落ちた。

 

 地面に到達する直前、世界が回るめまいに襲われ、次の瞬間、川に飛び込んでいた。めまいから回復を待たず、藻掻くように身体を動かしながら川辺に辿り着いた。

 

 暫く呼吸を整えながら倒れていると、滝の音に気がついた。こんな音に気がつかなかったなんて、仰向けになって笑い転げた。もう一歩遅かったら滝から落ちて一巻の終わりだったのだ。

 

 このジャンプはアイの力じゃない。リワールドのジャンプに巻き込まれたんだ。辺りを見回すがリワールドの気配はない。滝に呑み込まれたのだろうか。死んでいたらラッキーだ。

 

 下りて死体を探すが見つからない。下流に流されたのだろうか。滝から下流に視線を移した。

 

 背後から「生きていた」という声に振り返るとアイが立っていた。

 

 お腹の傷はない。けれど死にかけた記憶は残っているのだろう。

 

 アイは「勝手なことをするなと約束したのに」俺に近づいた。ぶん殴られるかと身構えていたら、「生きていてくれてよかった」と抱きついてきた。硬直していた身体から力が抜けた。「それは、こっちの台詞だ」とアイを抱きしめた。

 

 俺たちは近くの山荘に宿泊した。

 

 アイによるとリワールドは生きているという。この世界に潜んでいるらしい。そして、ループやジャンプの力を持っていない俺は、本来ならばビルから落下して死んでいたらしい。別世界の人間だから、死んでしまうと、アイがループさせても生き返らないらしい。やはりリワールドのジャンプに巻き込まれて救われたのだ。

 

 夕食は、宿泊のキャンセルがあって運良くジビエ料理を堪能できた。食事を摂りながら、小石をもらった。川で見つけたそうだ。赤青緑が鏤められた珍しい鉱石だった。この世界にしか存在しない特殊な能力をもつ石らしい。


「弱い君が持っていたら何かの役に立つだろう」とアイがいう。

 

 温泉で疲れを癒やし、いつもより早く寝床についた。

 

「さすがに君も疲れているだろうから、下心を行動に移せないだろう」

 

 ダブルベッドで共にするアイの言葉だった。

 

 キャンセルがひと組しかなく、空いている部屋がこのダブルの一室だけ。運がよいというのか悪いというのか。

 

「無理無理、行動に移せません。体力が残っておりません」

 疲労困憊で早く眠りにつきたかった。

 

「よし、いいだろう」と返答がある。

 

 床やソファーで寝ても良かったが、ダブルベッドで折角だからと許しを得た。

 

「いっておくよ。私に女としての興味を持っても、がっかりするだけだ。見た目は、君と変わらない人間の形をしているが、中身は別物だ。ループやジャンプができるようになるため、人間とは構造が違うんだ。脳なんか三つ分割されている。臓器も造りが違う。本当に、外見だけなんだ」

 

「そうなんだ」

 

 アイが寂しそうな顔を見せるから、がっかりする気にもなれない。俺は、人間としてのアイに惚れているんだ。心でそう思っても言葉に出せない。

 

「なあ、アイ」と顔を向けた。「明日、勝負してみる。リワールドにとどめを刺せるチャンスを作る」

 

 月の光に照らされたアイは穏やかに「無茶をしないで欲しい」という。それは、今までの私の邪魔をするなという台詞じゃない。俺を気遣う気持ちと受け取った。

 

「今日のようなことは、アイが絶体絶命にならない限りしない」

 

 その前に絶体絶命にはさせない、と心に呟く。

 

 優しそうな表情を浮かべるアイを見詰めながら、眠りについた。

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