第15話:静寂を破る

「あのぉ……是非 ウチと付き合ってほしいっス」


 その場が静まり返った。


「あの……えっと、それはどういう……」


 私はてっきり冗談かと思っていました。YouTuberみたいな職業をしておられるかたは、冗談の質が私とは違うというか……。


「ここでぶっちゃけるのはあんまりよくないって思うんスけど、ちゃんとホントのことを言うのが女というものだと思ったっス」


 ピンク髪の彼女は私のほうを見て真剣な表情で話しをしていました。その表情から、私は彼女は本気だと理解しました。


「その……最初は、ヨコシマな気持ちだったっス。YouTuberでは食べていけなくなって来てたから、そしたら、ラーメン屋で雇ってもらうか、自分で始めるか……そんな気持ちだったっス」


 そんな事を考えていたなんて……。


「でも、店長さんに気に入られようと思って毎日このお店に来てたら、オトモダチがたくさんできたっス。その人たちのインタビューをYouTubeに流したら大好評なんス! 登録者数も伸びてきたし、再生数も伸びてきたんス!」


 YouTubeとか登録者とかよく分かりませんが、人気が出てきたってことくらいは分かります。彼女はお店でお客さんたちと仲良くしていました。その表情を見たら、みなさん良い顔をされていたんです。


「ラーメンが好きになって、お店が好きになって、お客さんが好きになったら、次は店長さんっしょ!」


 言ってることは分かるけど、そういう流れるなるものだろうか。普通……。


「ぜひ、ウチと付き合ってくださいっス!」

「え、いや……ほら、私とまるみちゃんって歳も離れてるし……」


 まるみちゃんは多分、20代半ば。私は30歳超えてます。


「いや、 でも いいじゃないですか。 黒岩さん 彼女とっても可愛いし、お似合いだと思いますよ?」

「スメラミさんいい人っス!」


 なぜか、初対面のはずの二人が既に意気投合し始めている。そして、微妙にまるみちゃんは『皇木さん』が言えてないし!


「美味しいラーメンもあるし、 お店も手に入れたわけです。 お店の人気を考えたら安定した仕事だと思いますから、 彼女と付き合ってみたらどうですか? 将来もし結婚するようなことになったとしたら、お店をやっている旦那さんと、紹介する媒体を持ってる奥さんなんて最強じゃないですか」


 そこが一番の問題なんです。 でも、もう このタイミングで言うしかない! 私は皇木さんの言葉を遮り、告白ことにしました。


「すいません、 私の話はそこなんです。 申し訳ありません。私はお二人のこと……それだけじゃなくて、全てのお客さんのことを裏切っていました!」

「「どういうことですか?」」


 皇木さんとまるみちゃんの声がハモった。


「はい、 私の悪事をお話します」


 私は腹をくくりました。


「このラーメンのスープですが、 インスタントラーメン 袋麺の粉 スープを使ってます。 スープを煮出したりしてません」


 論より証拠だろうと思って、厨房に置いてあるうまかっちゃんの袋を取り出して見せる。


「ラーメンのスープって 『スープ』 と『カエシ』があるんですけど、 スープはインスタント麺の 粉スープってことです。 『カエシ 市販品の調味料を組み合わせただけのものです」


 私は話しながらお湯を沸かし、ストックしているカエシをドンブリに適量入れた。二人は何も言わず、私の告白を聞いてくれています。


「麺は 製麺所から取り寄せているんではっきり言って茹でるだけです。 誰でもできます」


 私は冷蔵庫から昨日残った麺を1個取り出し、普段麺を茹でるのに使っている茹で麺期ではなく、小さな雪平鍋に沸かしたお湯に入れました。今日は定休日だから、厨房の危機は全て止めているのです。


「チャーシューの肉は皇木さん から紹介してもらった業者さんから買ってますし、 煮玉子の卵も皇木さんから紹介してもらってもらった会社から買ってます」


 チャーシューもにたまごも昨日の残りがあった。冷蔵庫からそれらを電子レンジに入れて軽く温めた。


「高菜も市販品のものに 味の素 をぶち込んだだけのものですし、 言ってみたら、この店ってなんにも オリジナリティがないんです 。そして、 私ができるものって何もないんです」


 ここでラーメンができた。うちのラーメンは別にお店の厨房機器でなくても簡単にできるんです。まがい物だから。


 さすがに 皇木さんも まるみちゃんからも 言葉が出なかった。 私はそのまま続けました。


「あまりの罪悪感にこのスープを再現できないか、この1ヶ月間、 スープを作ってみたんですけど 自分で このスープを煮だすことはできませんでした。つまり、この店のメニューは全部嘘なんです。 全部偽物なんです。私自身で作ることができないんです!  厨房なんか見せられないし 、作ってる姿も見せられないんです!  ここはそんな嘘で塗り固めた 私の人生みたいなそんなラーメンの店 なんです!」


「「「……」」」


 ここで店は静まり返った。さすがに誰も声を出さない。私も何も言えませんでした。


 そして、その静寂を破ったのは、もっとも予想外の人でした。


「あの~~~、すいませーん……」


 完全に空気が凍り付いて静かになっていたうちの店に、たまたま来客らしい。またウォーターサーバーの営業とか、おしぼりの営業とかだと思います。


「あの~~、先日ご提供いただいたスープなんですけど……」

「あ、はい……」


 そこにいたのは、株式会社暁食品の営業さんでした。名前は竹田さん。スープの外注ができるということでサンプルとしてうちのラーメンのスープを少し持って帰ってもらっていたのでした。


 最近のスープ屋さんは、会社に成分分析機や、味覚センサーを持っていて、それで対象のスープを分析するらしいです。そして、そこから原材料と調理法を決めてお店に代わってスープを作るのだそうです。


 こんな会社がなぜ必要かというと、店主が自分の店をやっている時には不要です。弟子にのれん分けした時も大丈夫でしょう。お店が、5店舗、6店舗と増えて行き、10店舗くらいになったあたりからガクンと味が落ちてくるというのです。


 店舗が増えるたびに当然味にばらつきも出て来ます。


 そこで、出てくるのがスープ屋さんです。工場で作るので大量生産が可能で、決められた材料と調理法を忠実に守って作るので、味のばらつきを抑えることができるのだと言います。


 その暁食品さんがうちのスープを再現したと言って持って来たのです。


「今日は日曜日なので、お休みかも知れないと思ったんですけど、相手てよかったですー」


 少しお腹が出ている営業さんは汗まみれで登場した。仮にも食品を扱っている会社の人なのにその大量の汗はどうなのだろうかと思ったけれど、タイミングは最悪……いや、最高かもしれません。


「ちょうどよかった。今日はたまたまスープの飲み比べをしていたんです。そのスープも一緒に味見させてください」


 私は口から出まかせを言って、あのスープを出すことにしました。


 ここ1か月くらい自分で材料から煮出して作ったスープ。自分の店のスープを私自身が再現したスープ。


 つまり、インスタントの袋麺のスープにカエシを加えた今、お店で出しているスープと、それを真似て自分がイチから煮出して作ったスープにカエシを加えたもの。そして、たまたまタイミング悪く……タイミング良くきた食品会社さんが真似て作ったスープの3つを飲み比べることにしたのです。

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