第14話:皇木さんの話とは

 もう黙っておくことはできないっス!


 YouTube チャンネルは大好評 で世の中で働いてる人の人生って、 みんな見たいみたいっス。


『次の人はまだ?』なんて催促のコメントももらうようになったっス。店長さんと知り合ってから全てがうまくいってるス。 ダメだった YouTube もチャンネルも息を吹き返したっス。


 それに比例して収入も増えてきて、 また生活できるようになってきたっス。 お店の常連さんと仲良くなって、毎日のように遊びに行くようになったス。 是非とも あの店長さんともっと仲良くなりたいっス。


 正直、もう限界なんス! この気持ち店長さんに伝えたいっスーーー!


 ■黒岩一平(店長)

 この罪悪感 止めることができないです。 まるみちゃんが店に来るようになってから お客さんが増えました。 そして、 常連さんが増えてきました。 なんか 店の中で 皆さん 楽しそうなんです。


 そして、まるみさんが フレンドリーにしてるので厨房の中も 何度か 撮影を許可したことがあります。 インスタントの粉スープのことがバレないように、その時は 粉スープを先に袋から寸胴に出しておいて、事前にお湯に溶いておきました。


 粉スープをお湯に溶く作業を見られるわけにはいかないので、 何杯分か 寸胴に先にスープを作っておいてたって訳です。あたかもスープを作ってきたかのように 振る舞っていました。


 でも、これやるとスープをずっと 温めてるから、 ガス代 も食うしスープの水分が飛ぶから、味も濃くなったり、そして薄めるために水を入れるので薄くなりすぎだり、味も安定しなくなるんですよね。


 その上、独自のスープの研究もするようになったんで、 チャーシューを作ったり高菜を作ったりする時間 もだんだん減ってきたし……。 なんか毎日忙しいんですよね。


 結局、 自分で このスープを作ることもできないし、もう限界 かなって……。 そして、私はある日、皇木さんとまるみちゃんを店に呼び出して 全てを暴露することに決めたんです。


 ■初めて三人で店に集まる

「あっ、ども。まるみちゃんス」

「初めまして 皇木です」

「すいません、 今日はお二人に来ていただきまして 」


 ある日のお店。今日は日曜日なので店休日。普段は店に来ることもない。でも、今日は店に二人を呼びつけて私は告白することにしました。


「……本当によくしていただいてるお二人に……どうしても話さなくちゃいけないことがありまして……」


 私は、言葉を絞り出すように話し始めた。


「うちも店長さんに 伝えたいことがあるス!」

「あ、僕も黒岩さんに伝えたいことがあるんですけど」


 どうにもこうにも タイミングが悪いみたいだった。 二人にどんな話をされたとしても私はもうこの店を続けることはできないし、この秘密を言ってしまうことで 二人の信頼を失ってしまうのです。


 二度と顔向けできなくなくなる訳で、 早く私はこのことを言ってしまいたいと思っていました。 そして、早く失望されてしまいたいと思っていました。早く楽になりたい、と。


「すいません、僕から話ししてもいいでしょうか?」


 皇木さんがちょいと手を上げて発言した。普段、押しが強い方じゃない、比較的温和なかたなので、よほど伝えたいことなのかもしれません。


「僕の話も割と重要なので、よければ 先に話してもいいでしょうか?」

「大変申し訳ないスけど、ウチは 店長さんにどうしても伝えたいことがあるス!」


 ピンク髪のまるみちゃんも前のめりで言った。


 皇木さんは 私にとって恩人だ。 もう 何もなくなって死のうと思ってたの人生を救ってくれた人でもある。 ここで皇木さんより先に 私がこの話をすることはできない。


 まるみちゃんがどんなことを言ったとしても、私は皇木さんに話の順番を譲るしかなかった。


「皇木さん、先にお話聞きます。 まるみさん、すいません。 その後、 聞きますね」

「……分かったっス」


 まるみちゃんもしぶしぶみたいな感じですが、順番を譲ってくれました。


「じゃあ、 申し訳ないんですけど、僕と黒岩さんにとって、すごく大事なことなんで先に話をさせてもらいますね」


 皇木さんがスーツの襟を直して言った。こんな休みの日のラーメン店の中で上等のスーツ自体が違和感があったけど、今はそんなことはどうでもいい。


「黒岩さん」

「はい」


 急に名前を呼ばれて返事をしてしまった。


「お母様の名前は 黒岩静子さんですよね?」

「はい」


 想像した斜め上の質問が来たので、少々面食らってしまった。


「それも、黒岩静子さんは もう他界されてますよね?」

「……はい。 もう何年か前に……ガンでした」


 私にとって悲しい事象。戻したくてももう、戻ることのない事象。今なら、母に少しだけでも恩返しができるかもしれない。『孝行したいときに親はなし』誰の言葉か知らないけれど、昔の人はよく言ったものです。


「お父さんの名前って皇木岩鉄ですよね?」

「なんでそれを知ってるんですか?」

「僕の父の名前も皇木岩鉄で」

「は!?」


 どういうことだろう? 私に兄弟はいません。私は長男なので、母が離婚した時に兄がいた記憶なんてないのです。


「つまり、私のお父さんと皇木さんのお父さんが同姓同名ってことでしょうか?」

「同姓同名というか、同一人物です」

「え、だって、 私には兄はいませんよ? 兄弟もいませんし……」


 狭い店内で変な汗が出てきた。慌てて表のドアを少し開けた。


「そうですよね。実は、皇木岩鉄が黒岩さんのおかあさん、黒岩静子さんと離婚した後に後妻を迎えました。そして、その連れ子が僕です」

「つまり……どういうことですか?」

「僕は黒岩さんの義理の弟ってことになります」

「え!?」


 皇木さんはすごく頼りになるし、色んな事を知ってるし、第一お金持ちです。なんだか難しい仕事もしてるし、 絶対年上だと思ってたんですけど……。


 なんかダブルのスーツもすごくキマってるし、 絶対年上だと思って疑わなかった。まさか、 年下。 まさかの 年下!


「『黒岩』って苗字を聞いた時は何とも思わなかったわけじゃないんです。でも、まさかそんなこととは思わないじゃないですか。でもなんか、運命を感じてたんです。気になったから調べてたんですよ」


 皇木さんが何か言っているけれど、動揺しすぎて全然頭に入ってこない。皇木さんが私の義理の弟!?


「あのラーメンは本当に美味かった。 黒岩さんが 義理の兄貴じゃなくても僕は黒岩さんのラーメンにお金は出したと思います。 こうしてお店が大成功して本当に良かったと思います」

「はあ……。ありがとうございます」


 私は、義理の弟にお金を借りて商売を始めたってこと?


「黒岩さんが毎月支払ってくださっているここの家賃。お店が好調だからって割高で支払ってくださっていますよね?」


 皇木さんには最初に無担保で大金を借りている。今調子が良いのだから、少しくらい……と思って。本当にちょっとだけなのです。


「このお店、実はうちの会社の物件なんです。そこで、ここのお店をお譲りしたいと思ってます」

「は!? そんなの悪いですよ!  最初にお金借りてこのお店を始めてますから」

「いいんですよ。父も静子さんがいなくなってから激しく反省したらしくて、ずいぶん丸くなったんです。 なんか高みを目指そうって思ってたみたいで黒岩さんにすごく厳しく当たったことを反省していました」


 お父さんに変わって皇木さんが慌てながら言ってくれた。そして、皇木さんは言葉を続けた。


「あれからもうずいぶん時間も経って、父もだいぶ年をとりましたよ。だいぶ 痩せ細った父ですが、 いつか会ってやってもらえないでしょうか?」

「私のお父さんはまだ生きていたのか……」


 母が離婚して家を出た時にもう 父のことは忘れてしまっていました。 なんとなく聞きにくいっていうのもあったけど、 なんとなく父の話題は話しちゃいけないことになっていたんだと思います。 母が亡くなってもう何年か経つ 。そうか、 お父さんが生きているなら 会ってみたい気もします。


 でも、胸を張って食べてもらえるラーメンはないですけど……。


 なんだか色々な感情がこみ上げてきて、自然と涙がでてきました。鼻の辺りがツンといたいです。皇木さんがポンと私の肩を叩いてくれました。その瞬間、もうダメだった。私は皇木さんと……弟と抱き合って泣きました。


 でもすごい話が最初から出てきたな。私はスープの話をして 、そして路頭に迷ってお金がなくなったら死ねばいいや、と思ってたのに……。なかなかそうはしにくい 話が出てきてしまいました。


「あの……いい雰囲気のところ申し訳ないんスけど、店長さん、次、うちいいっスか?」


 まるみちゃんがすごすごと手を耳の高さくらいまで上げて言った。そりゃあ、この話の次は話しにくいでしょう。


「あ、はい。すいません、どうぞ」

「すいませんっス。今の話の次は言いにくいんスけど……」


 本当に申し訳なさそうにしていた。たまたま居合わせて変な場面を見てしまったのだ。傍から見たらおっさん二人が泣きながら抱き合ってる感じ。早く言うことだけ言って帰りたいかもしれない。


「あのぉ……是非 ウチと付き合ってほしいっス」

「……ん?」


 なんかまた変な言葉が聞こえてきた。

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