第26話 入学式
ニモモの花が咲き乱れている。淡い桃色の花が視界に入るだけで、なぜか心が浮き立つ。虹色の髪をたなびかせながら、王立魔法学園の敷地へと足を踏み入れる。
門の向こう側には薔薇のアーチが続いていて、その向こうには光り輝く噴水が見えた。遠くに見える学園もまるで宮殿で、荘厳な佇まいをしている。
――アリスが日記に書いていた通りね。
もっとも、何度も建て替えはされているようだけれど。
「緊張するわね……」
ぼそっと隣でクリスが呟く。
「あら、将来の王妃様が何を言ってるのかしら」
からかってみると、照れくさそうに笑った。
「緊張していないふりならできるわ。でも……予想はしていたけど、視線の集中豪雨ね」
豪雨……あの号外のせいで聖女は虹色の髪をしていることは周知されている。全体写真も公開された。しっかりとメイクをしたうえで、かなり遠くからの写真で、顔はよく分からないようにはしてもらった。近景は顔が入らないようにしたものの髪色は写り込んでいる。クリスの隣にもいるし、もしかしてそうなのではと噂されているのだろう。
「ふふっ、私が可愛すぎるからかしらね」
「…………」
「突っ込んでよ。私が痛々しい人じゃない」
「ものすごく突っ込みにくかったわ。なんて返せばよかったのかしら。もしかしたら今まで生きてきて一番悩んだかもしれないわ」
「……そんなしょーもないことで悩まないで……」
「セイカちゃんは、可愛いよりもカッコ可愛いと思うわ! って突っ込みでよかったのかしら」
……私が始めたんだけど、この会話自体が痛々しいわ。緊張をほぐそうと思ったんだけど。
「あれ? 通じていないかしら? カッコ可愛いっていうのはね、カッコイイと可愛いが――」
「大丈夫、分かるわ」
「えー、セイカちゃん。それは先に言ってほしかったわ」
やっぱりどことなく雰囲気がアリスに似ている。末裔だものね。この子が側にいてくれるのは心強いけど、それだけでなく、ここまで繋いできたアリスの子孫を絶やしてはいけないという気にもなるわ。ちゃちゃっと世界なんて救ってしまいたいわね。
「いきなり遠い目をしてどうしたの、セイカちゃん」
「……聖アリスちゃんの末裔っぽいなって」
「あ、やっと言ってもよくなったのね! ヴィンセント様からなぜか口止めをされていたのよ」
なぜかって……そっか、ヴィンスは言ってないのか。私とアリスが幼馴染だって。単にクリスの先祖がアリスだってことを、私に言わないように伝えただけなのね。
「その割には一度言いかけていたわよね。その立場なのに大丈夫なの?」
「……り、理由がハッキリしていれば大丈夫よ。でも意味が分からないし、聖アリスちゃんの子孫なのは私の自慢だったから、つい――。ごめんなさい、言い訳ね。でも気になるわ。どうして口止めされたのかしら」
そんなに期待を込めた目で見られても……。
「内緒よ」
「え」
「いつか気が向いたら話すわ」
「やっぱり口止めには意味があったのね……ああ〜、なぜなのか分からないわぁ〜、セイカちゃん!」
「いつかね、いつか」
口止めに意味はあったのかな。
正直、聞いたところでアリスとクリスマスの象徴としての聖アリスを結びつけられなかったと思うけど……念を入れすぎよね。
「あ、それなら私のどこが聖アリスちゃんっぽかったのかしら。その流れもよく分からなかったわ」
「さぁ。子供っぽかったからかしらね」
「セイカちゃん……聖アリスちゃんのことを誤解していると思うわ」
「していないわよ。永遠の少女でしょう。歳をとらないなんて羨ましいわね」
「ええー、なんて返したらいいのかまた迷うわ。さすがセイカちゃんね。でも、確かに羨ましいわよね。寿命がくる前日くらいまで鮮度を保ちたいわ」
「鮮度って……」
ワイワイ言いながら、掲示されているSクラスの紙に私とクリスの名前があるのを見て校舎に入った。
――アリスから私への手紙には、学園についても書かれていた。
私に会う翌日の手紙。
翌年の手紙。
またまた翌年の手紙。
当初日記を渡す予定のなかったアリスは、たくさんの手紙を私に残していたらしい……けれど、手紙もまた全てを渡されてはいない。
魔女の手元にあると劣化はしないらしくまだ真新しく見える最初の手紙はこんな出だしだ。
★☆★☆★
セイカへ
今日の私はセイカに会った翌日の私です!
この手紙は今後の推敲用というか……下書き止まりになるか渡してもらうのかは分からないけど、今の感慨をそのまま文字にして渡したい気もして書いています。その方が、会話の続きって感じもするから。
まだいつでも会える気がするのにもう会えないのは、とても寂しい。でも、昨日のセイカは元の世界にいるよりも生き生きしていて安心しました。
本当はそう思った理由も書きたいけど、魔女さんに言われてしまったの。未来のセイカについて具体的に書いたら、その時点までは手紙を見せられなくなるって。
例えば「セイカの髪は紫色になります!」と書いたらセイカが自分の髪が紫だと気付くまではこの手紙を渡せないらしくて。私の未来についても同じ。二十歳の私が「短髪は似合わなかったから止めて」なんて書いて渡してもらったら、セイカが私の未来を変えられるってことになるから、私とセイカが会ってからしか渡せない。大したことない内容ならオッケーだとは思うけど、魔女さんの基準は分からないからなぁ。
――アリスらしく始まるその手紙には、続けて私の「月城聖歌」という漢字やアリスのこれまでの話が簡単に書き添えられ、そして、最後はこう結ばれる――
私はこの世界が大好き。
神様の愛情が目に見える優しくて穏やかなこの世界。セイカの目に映る世界はどうなのかな。魔王さんが生まれていると、穏やかではないのかな。
今は王立魔法学園二年生の夏。皆と過ごす日々は楽しくて毎日あっという間で、セイカもそんな日々を過ごせるといいなと思っています。本当は一緒に過ごしたかったけどね。
いつかあの世で会えるのかな。さすがに七百年も違うと無理かな。分からないけど……
セイカ、お互い幸せになろうね!
大親友より愛を込めて
――この手紙を見て、入学式への参加を決めた。
アリスと同じ軌跡を少しでも辿ってみたかったから。私は私らしく生きて幸せになりたいなとも改めて思った。
もちろん、ヴィンスと一緒にね。
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