第17話 謝罪

「ごめんなさい、セイカちゃん!」


 翌日の朝食後、疲れ果てた顔をしたクリスに勢いよく謝られた。


 ……女性の使用人部屋で。


 どうしてここなのかは分からない。呼び出されてここに来ただけだ。素朴な部屋で、ミシンであったり布地であったりと物も多くアットホームな雰囲気を感じて落ち着くけれど、今日ばかりは心配そうな目でメイドさんたちに見守られている。


「昨日も戻ってすぐに謝ってくれたじゃない。別にいいわよ。昨日も言ったけれど、気にしない。その様子だと、相当絞られたようね」

「ええ……怒られ続けたわ。つい地元にいた時の気分で、体が動いてしまったわ……」


 地元にいても貴族でしょう。領地の中で一番偉い家系でしょう? 普通はそこでもアウトだったと思うけど……。

 咄嗟に動けなかったけど、動かなくて正解だったのね。そーゆーのって、終わってみないと分からないのよね。もう少し、今後何が起きる可能性があるのかや対処の仕方を考えた方がいいかもしれない。


「はぁ……私のせいで……セイカちゃんが聖女だと知れてしまったのよね……目撃者もたくさんいたし。本当にごめんなさい」

「いいってば。どうせ時間の問題だったでしょう」

「でもね……こんなことになってしまったのよ!」


 そう言って、彼女が私に見せたペラの紙には……!


「な、何よコレ……」

「音楽雑誌『テオフィルス』の号外記事よ! ちなみにテオフィルスっていうのは『神に愛されている者』という意味でネフィロマ語なの。そんな名前のホタルもいるわ。祝福の光にそっくりな色で光るのよ。神に愛されている音楽、という意味合いをこめた雑誌名ね。ディアナも最近特集されていたわ。その雑誌記者がきっと昨日あの場にいたのだと思うの」


 こ、この様子だと毎回買っているのね……この雑誌。

 この大陸の言語はアルティモス語だとヴィンスから聞いたことがある。大陸名も同じだ。日本語感覚で話しているのがアルティモス語だとしたら、英語やカタカナ感覚なのがネフィロマ語として言語変換されているのかもしれない。

 

「……そう。一応聞くけど、この世界に新聞というものはあるのかしら」

「しんぶん? 知らないわ。似ているの?」

「号外記事を出す媒体は、あちらではそういう名前の……それはいいわ。とにかくその雑誌を刊行している会社がこの号外なるものを配布したということね?」

「そうなのよ、セイカちゃん〜!」


 聖女、地上へと降り立つ……私の姿絵……そして私の台詞……。「願いを口にするよりも前に、自らの光でこの世界を満たしてちょうだい」とか「いつか必ず、世界を救う」とか格好よく書いてあるけど……後者に関してはズバリは言ってないわよね、私……。既に歪曲されていない?


「はぁ……、全体的に厨二ね」

「ちゅうに?」

「写真はこの世界にはないの?」

「あるけれど、安全のために王族や貴族を撮影しては駄目ということになっているわ。聖女召喚について教会や市庁舎に掲示もされていたけれど、見かけても撮影禁止と書いてあったわ。撮影道具も小型化は禁止なのよ。誰も使っている様子はなかったし、虹色の髪の女の子ってことしか号外からは分からないと思うわ」


 ……胃カメラは開発されていないのかしら。


「この国では王家に無断でこんな号外が出せるの?」

「無理だと思うわ。きっと陛下やアドルフ様たちの許可も――」


 ――バン!


 突然、勢いよく扉が開いた。


「許可は出した。それから、なぜここにいるんだ!」


 ヴィンスがいきなり入ってきた。忙しいとかで朝食は一緒じゃなかったのよね……。


「え……と、えっと」


 クリスがアワアワしている。

 ああ……私の部屋だと彼が来るかもしれないから避けたのかしら。


「お前はこっちに来て、どれだけ情報網を広げているんだ」

「う……」

「ったく――、セイカ、昨日戻ってからお前の好きな服の系統が存在しないのは寂しいとか言っていただろう」

「え、ええ……言ったわね」


 あのあと、昼食は無理だったけれど夕食だけは一緒にとった。その時にゴシックロリータの店がないのは寂しいわねとついお忍びで最初に考えたことを思い出して話題を振った。


「特集を組ませてほしいと『テオフィルス』から申し入れがあった。特定の雑誌に肩入れはできないから断ったが……既に目撃者もあるし、変な噂になる前に号外は許可を出した。無料で配り、号外が闇取引されないよう市庁舎や教会にも配布して市民が無料で見られるように案内も載せるよう指示をした」


 ……情報が闇取引される存在なのね、私。それより、どうして配布前に話がなかったのよ。


「だが、それでも肩入れしているように見えるだろう。せっかくだから、一定期間質問を一般から受け付け、答えられる範囲で回答したものを希望する出版業者にデータとして渡す形にするのはどうかとな。市庁舎や教会でも見られるようにはする。手元に何も情報がないよりも、市民も落ち着きはするだろうと。……その装いで顔以外だけでも写真を撮り公開すれば、何も言わなくても流行る可能性があるがどうするかと部屋に聞きに行ったらいないから探したんだが」

「ご、ごめんなさい……」

「セイカちゃんは何も悪くないわ! 私が呼んでもらったのよ、ここに。謝るのは私よ」


 そうかな……つい謝っちゃったけど、別に王宮内ならどこにいても私の勝手じゃない?

 

「……なんで呼んだんだ」

「だって、このままいけば特集が組まれることになりそうだと思うじゃない。思った形とは違うけれど、やっぱりそうなるのね! メイドさんも一緒に皆でその話をしようかと思ったのよ」


 ……私に謝るためじゃなかったの。


 それにしてもデータか……そういえば、この変なバングルからもたくさんのデータが見られる。空中にパソコン画面のような文字が浮かび上がり、触れてスクロールもできるし音声でのメモ機能まであった。もしかしたら文明はこちらの世界の方が上なのかもしない。


「お前はまったく懲りていないな! もっと大人しくしていろ!」


 仲よさそうだな……。

 少し疎外感。


 ――コンコン。


 今度はノックの音がした。メイドさんが「はい」と言って扉を開けるとアドルフ様が中に入ってきた。


「まぁそう怒らないでよ、ヴィンス。私がしっかりと諭しておいたからさ」

「全然諭されていない気がするが」


 ここ女性専用のはずなのに……。

 メイドさんの部屋だから扉の厚みも薄めなのかしら。大きな声で話していると外に聞こえてしまうのね。この部屋の奥にも部屋があるようだし、秘密の話はそっちでするのかな。


「やぁ、セイカ嬢。やっと君とゆっくり話す機会ができたようだ」

「必要ない!」


 あ、ヴィンスがすごく近くに座ってくれた。ちょっと嬉しい。


「そうだな、君の好きなファッションについて話でもしようか」

「セイカ、断っていいからな。わざわざ兄上を介する必要はない」


 顔を寄せられる。疎外感を持たされた仕返しにキスでもしたくなるわね。

 でも、今はそれよりも……。


「ここ、女性専用の部屋でしょう。迷惑よ。どこかへ行きましょう」


 ため息をついて立ち上がると、奥にいたシェリーとチェリーが微笑んでくれた。やっぱり毎日世話をしてもらっているし、話さなくても同じ空間に彼女たちがいるだけで安心もする。

 

 ……さて、どーゆーことかしらね。


 魔王は既に生まれていて被害もある。私の好きなファッションがどうとかについて、真剣に話したくてアドルフ様まで来るとは思えない。


 つまり、ここでは話せない内容があるに違いない。


 クリスが朝からあんな話を私としようとしたのも、ため息をつきたくなるような話を聞かされる前に、少しでも心を軽くしようとしてくれたのかもしれない。

 

 ……覚悟をして話を聞こうか。

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