第11話 ちゃん付け家系?

 魔法の特訓を一通り終えて、私たちは魔物を探して庭園をうろうろする。巡回の騎士さんが浄化してくれるせいで、なかなか見つからない。


 浮く練習は難しかった。なにせ、高いところが怖い。高くなればなるほど、飛びたい気持ちより飛びたくない気持ちの方が勝ってしまう。高さに慣れるまで練習あるのみらしい。杖に乗っても乗らなくても体がグラグラするので左右からも支えるように意識もしなくてはならなくて、低い場所でもなかなか上手くいかない。慣れる日まで早送りで飛ばしてしまいたい気分だ。


「ここらで現れそうだな……」


 少しだけぞわりと寒気がした。直後にヴィンスがそう言って、地面を見ていると――黒いモヤが現れて、最初からそこにいたかのように小さな黒い毛虫のようなのが現れた。線香の煙のようなその黒いモヤは、すぐに消える。


 やっぱりキモい……。


「挑戦してみるわ……」

「そうだな」


 天に還りなさい……駄目だわ……地に還りなさい……全然駄目だわ……。


「お二人とも、しゃがみこんでどうされたんですか?」


 後ろから声がしたので振り向くと、昨日と同じでアドルフ様とクリス様が二人並んでいた。


 ……やっぱり仲がいいのね。


「またか。暇そうだな」

「暇ではないけどね……最近は王子としての公務のほとんどを私に押しつけているのだから、分かるだろう」

「うるさいな。私がいなかったら結果は同じになっていたんだ。文句を言うな」

「私が死んだらいつか、ヴィンスが国王陛下になるんだよ? ま、今は仕方ないけどね」


 え……そっか。そうなるのか。あれ、このまま私が婚約者でアドルフ様が死んだら、私はいつか王妃に?


 それだけは絶対に嫌!

 考えただけで面倒くさそうだわ!


 なんとか死なないでもらって……そういえばクリス様は光魔法が得意なんだっけ? 四六時中側にいて守ってもらいたいところね。


「それは、ベビーワームちゃんですわね。あ、浄化の練習ですか?」


 なんでちゃん付けなのよ。クリス様には可愛く見えるわけ?


「そうね。でもなかなか上手くいかないのよ。どうしても気色悪いって気持ちが先にきてしまって。クリス様は浄化なさる時に、何を考えているのかしら」

「そうですわね……好きな人と結ばれることもできず可哀想だなと。生まれ変わって楽しい人生……あ、虫生ですね。を、歩めるといいわねと思いながら浄化していますわ」


 虫生?


「虫に生まれ変わって、また人生を楽しめるのかしら。人生ではないでしょうけど」

「可愛い虫同士で運命を感じちゃえるかもしれないですわ」

「虫から離れたいわね……」

「では、蝶にしておきましょう。次からは、ひらひらと舞える蝶に生まれ変われるといいわねと祈ることにしますわ!」


 蝶も虫じゃない?

 なんだか、幼馴染のアリスと話していた時と感覚がよく似ている。おかしな話ばかりするから、私も遠慮せずに言いたいことを言えていた。


「つまり、クリス様はアドルフ様と運命を感じていらっしゃるのね」

「ええ!?」


 わ、可愛い。頬が赤く染まって上目勝ちにアドルフ様を見て――。


「私はクリスとの運命を感じているよ」

「わ、私もです。アドルフ様」


 出来上がっちゃってるわ。そうだったの、もう出来上がっちゃっているの……は! これ、ヴィンス的に複雑なんじゃ……。


 ヴィンスを見ると、なんだという顔をしたあとに突然焦って顔を振った。


「複雑?」


 彼の耳元に口を寄せて聞いてみる。


「違う! 私はお前一筋……っ、いや、それも違っ……」

「違うの?」

「違わないが、お前……っ」


 私に好きな男ができたら身を引く……とはここでは言えないものね。


「ヴィンスが照れているな……」

「ヴィンセント様が照れていらっしゃいますわね……」

「お前ら、うるさい!」

「ダンスパーティでも、聖女様としか踊らないと断り続けていたらしいですものね」

「あ、兄上がいれば十分だろう!」


 ダンス……。


「そんなのがあるの……」

「昔は今よりも比重が大きかったようですが、今は情報交換の場であり、出会いの場でもある程度で断られる方もいますわ。頻度も多くはありません。嗜みとしては習いますけれど」

「ということは、練習はしていたわけよね。ヴィンス、誰と?」

「う……」

「若くて可愛いメイドさん?」

「ち、違う。妙齢の使用人の女性に、その……」

「だからヴィンセント様は、妙齢の使用人に今でも大人気なんですわ。根はお優しいですし」

「待ってよ、クリス。私は君にそんなことを教えたことはなかったと思うけど」

「こちらに来てからたまに、使用人部屋にお邪魔してお話しているのですわ」

「それは……いつの間にやらだな……」

「アドルフ様の幼少期のお話も、なんとか聞きだそうと頑張っていますわ。ね、話してもいいと許可をください。皆さん、口が固いんです。アドルフ様の許可があると知れば、きっと盛り上がりますわ」

「ま、待て……少し考えさせてくれ……」


 アドルフ様が悩み始めた。この二人、気が合うのね。とっても仲のいい夫婦になりそう。


「それは楽しそうね。アドルフ様、ヴィンス、私……この世界に早く愛着が湧くといいなと望んでいるの。理由はお分かりでしょう?」

「…………」

「クリス様、今度使用人部屋を案内していただける? お二人の昔話、してもいいとの許可は当然――」

「はぁ……分かったよ、許可を出そう。さすが聖女様だ」


 ヴィンスもやれやれと肩をすくめているけれど文句はないらしい。さすが聖女様か……嫌な言い回しね。でも、聖女であることは都合もよさそうだ。


 ――生きよう。ヴィンスと共に生きるために、有効そうだと思うことはやってみよう。


「私、セイカ様のことがどんどんと好きになってきましたわ!」

「ありがとう。それならもっと楽に話して。そうね……友人のように」

「ゆ、友人……っ!」


 彼女とはなぜか話しやすい。私は友人をつくりにくい性格をしているし、候補の一人として確保しておこう。彼女もそれを望んでいるようだし。……平和のためでしょうけど。


「そ、それなら私のことはクリスちゃんとお呼びください!」

「え……なんでちゃんづけ……?」

「それは、やっぱり――」

「待て。その話はまだするな」


 ヴィンスが何かを止めた。なによ……クリスちゃん呼びの背景に一体何が……。


「あ、そうでしたわね。ええっと……」

「クリスと呼ぶわ。私のこともセイカでいいわよ」


 ちゃん付けで人を呼ぶような自分になれそうにはない。呼ぶたびに違和感を持ちそうだ。

 

 それにしても色々と隠し事が多そうね。もう少しここでの生活に慣れたら、さすがに問い詰めたい。

 

「セイカ……」


 おずおずと彼女が私の名を呼ぶ。

 

「ええ」


 安心させるように微笑んで頷いてみせる。

 

「セイカちゃん……」


 え。

 

「……それでもいいけど……ちゃん付けが好きなの?」

「ええ。なぜか色んなモノにちゃん付けをする流れが脈々と私の家系にはありまして。幼少期の癖はとれませんわね」


 陽キャ家系なの?

 

 ……アリスもそうだったっけ。色んなものをちゃん付けしていた。言語の変換はなされているだろうから、元の発音は違うのよね、きっと。

 

「……意味が分からないけれど、それでもいいわよ。それから丁寧に話さなくてもいいわ」


 第一王子の婚約者にしては私への口調が丁寧すぎる気がする。やはり聖女とは別格なのだろう。

 

「あり……がとう。聖女様に恐れ多くもありますが……ふふっ、それなら近いうちに一緒に使用人部屋に入ってもらってもいいかしら。聖女ちゃんと仲よくなっちゃいましたーって誰かに自慢したいわ!」

「いいわよ。私も自慢させてもらうわ。アドルフ様の運命の人に、この世界最初の友人の座についていただいたわと」

「…………!」


 調子にのりすぎた?

 ついノリがアリスみたいだったから……。


「……王子様の婚約者に失礼だったかしら」

「と、とんでもないわ! 私、もっとセイカちゃんと話がしたい。ねぇ、たまにでもいいから私と過ごしてくださらない?」


 え。

 どうしようかとヴィンスをチラ見する。


「お前の好きにしろ」


 えー……クリスは昨日も思ったけれど、私の先生役としても周囲から期待されているような気がするし……。断ったら可哀想かな。友人も一人くらいはほしいし……人付き合いは疲れるから、たまににしてもらいたいけど……。


「そうね、少しだけならいいわ」


 人と関わるのは苦手だ。

 でも……新しい自分の居場所ができつつあるようにも感じた。

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