第4話 十字架
「おはようございます、セイカ様」
シェリーとチェリーが朝の支度に来てくれた。
この世界……パッと見中世ヨーロッパ風なのに、文明はそこそこ進んでいるらしい。三角の形をした茶系のアンティークな時計の台座にある魔石に手を置いて「七時に起こして」と頼めば、その時間に音楽が鳴る。魔力を変換した充電式の電池のようなもので動いているらしい。起きたらメイドを呼べと言われたので、紐を引っ張って来てもらった。
「おはよう。今日もお願いするわ」
「はい、よろしくお願いします。エクステはどうされますか?」
昨夜、あのあとにエクステを準備するかどうかも彼に聞かれた。魔王浄化のあとに別人として暮らすなら、髪に変化をつけておくのが手っ取り早いと。
一応、見せてほしいとお願いをした。シェリーがずらずらと並べてくれる。基本的に話すのはシェリーだ。
「どれも綺麗ね」
「はい。どれも似合うと思いますわ」
ワンタッチエクステだ。ウィッグもあるようだけれど、常につけておくなら蒸れにくいこちらがよさそうだ。
……この世界には何があって何がないのだろう。テレビやパソコンはなさそうだけど。
「せっかくなら派手なのにしようかな……」
地毛より長めの虹色のエクステを複数手にとる。量も多いし目立つからこそ、これを外したら私だと分からないかもしれない。紫の今の私の色……凄まじすぎて地味なエクステでは意味がなさそう。
「いいですね! それにしましょう。今の髪の色を知っているのは、昨日の召喚に立ち会われた方と私たちだけです。聖女様ですから、こちらが地毛だと言い張っても問題ないかと思います。今後もこちらで通しましょう。皆様もそうなるだろうことはご存知ですわ」
「……これをつける理由は知っているの?」
「はい。平和な世の中になったあとも、聖女様として崇められてしまうと大変ですもんね。今までの聖女様も、浄化したあとの記録が残っていません。きっと、そんな理由かと思います」
「そう……」
浄化する前の記録はあるのか。読んでみたいわ……あとでヴィンセントに頼もう。
「服はどちらになさいますか?」
白と金が基調の聖女っぽい服。同じく、青と白が半々の聖女っぽい服。そんなのが複数、そして……。
胸元までは白、それ以外は黒基調で白の大きな十字が描かれ、白フリルも下から覗かせるロリ風のワンピース……。
「いいの……これ……」
「あ、はは。十字架は聖女様のモチーフでもありますし、いいのではないでしょうか。そちらだけはヴィンセント様に入れておけと言われまして」
あの人、私のことをかなり魔女から聞いているんじゃ……。
「十字架はどうして聖女のモチーフなの?」
「前回の聖女様は魔王の浄化だけでなく、空に浮かんで全世界へと導きの声を届けられたそうです。光り輝く十字架の前の台座に立って、ですね。台座自体も十字型に描かれている本や絵画が多いです。ただ浮くよりも安定性がありますしね」
……ここでの十字架は磔とか関係ないのね。というか私、そんなことしたくないけど。
「私も……いつかしなくてはならないの?」
泣き言は他人に言ってはならないらしいし、軽く彼女たちもそう思っているのか聞いてみる。
「いえ。前回は戦争の爪痕が残っていたので、そうされたのかなと。魔物も魔獣も魔王も結局のところ、人間の負の感情が形になってしまったもの。人々に恨みなどの気持ちが多く残ったままでは、魔王の浄化も上手くいかないと判断されたのかもしれません。私が勝手に推察するのも、よくはないかもしれませんが」
「戦争……負の感情……」
「はい。ずっと平和な世が続いているので、今回はその必要はないかもしれませんね」
千年に一度と言ってたし、それくらいの期間は平和だってことか。
「あ、の……」
ずっとしゃべらなかったチェリーが声を出した。
「何?」
「セイカ様のご無事を祈っています」
震える声でそう言うと、両手を前で結んで彼女の身体が光った。
え……なに……。
戸惑っている間に光が私の中に吸い込まれ、まるで温かいお湯に包まれているような安心感が一瞬だけ胸の内に広がった。
「今のは……?」
「光魔法です、セイカ様。祝福の祈りですわ。チェリーが失礼いたしました。それではお支度をいたしましょう」
なるほど……正の感情が魔法になる世界だからこそ、負の感情も魔物やらなんやらって形で表に出てきてしまうのか。そして、チェリーがあまりしゃべらないのは私相手に緊張しているからだったのね。
幼馴染のアリスだったらすぐに打ち解けたんだろうけど……私には……。
「そうね。黒に十字架のワンピースにしてちょうだい。光魔法をありがとう、チェリー」
「は、はいっ……」
お礼を言うことしか、できない。
★☆★☆★
「まずは簡単な魔法からだな。来い」
ヴィンセントとマナー講習を兼ねた朝食をとってから、庭園へと出る。夜にバルコニーから見たよりも華やかだ。色とりどりの花が咲き乱れ、背の高い生垣で囲まれたエリアもあり……って……。
「肌寒さはあるけれど、春っぽいわね……」
「春だな」
「あっちでは夏だったんだけど」
「ここでは三月になったばかりだ。似たような暦だが、ここは一ヶ月三十日と決まっている。それで上手くまわっていくように神につくられているのだろう。だからあちらとずれているのは当然だが、お前の場合は……いや、なんでもない」
何を言い淀んだのだろう。
「……あなた、私の世界について知りすぎね。その言葉、あちらでは三十日でない月もあったと知っているからよね。私の好みについても。あの魔女、どこまであなたに教えているの。それとも誰もが詳しいわけ?」
「いや……」
悩むような顔をしている。
「私しか……知らないことは多い。魔女から聞いたわけではないが……いつか話す。だが、分からないことの方が……多い」
気持ち悪い話し方。彼らしくない気がする。この人を語れるほど話したわけではないけど。
「もしかして、あなたもあっちから来たの?」
「それはない。文字情報でしか知らないな。それから、私のことはヴィンスと呼べ。ここでは婚約者だ。仮の指輪もいずれ用意する。これもはめておけ。誰もがつけている」
……思いっきり話をそらしたでしょう。まぁいいか。何その、銀色の細いバングル……。そういえば皆、はめているわね。
手首にカランとはめられるとキュキュッと蔦のようにしまってちょうどいいサイズに収まった。つけている感覚すらない。
「なによ、これ」
「名前開示」
そう言うと、彼のつけているバングルが光って空中に「ヴィンセント・ロマニカ」の文字が……。
「身分証明書のようなものだ。お前のも登録してある。最初につけてしまえば、もう他の者がつけても反応しない。なりすましは無理だ。外すのも情報の書き換えを行うのも特定の魔道具が必要だ。ずっとつけておけ。他の情報も見ることができるから、あとで説明書を読むといい。今頃お前の部屋に置いてくれているはずだ」
「……そう。文明、かなり発展しているのね」
「どうだろうな。神の力が目に見えるせいで、むしろ発展の進みはかなり遅いのだろうな……」
「どういうこと?」
「神の領域は不可侵。空に浮かぶ星まで行こうとすら思わない。神の力も貸してもらうもの。必要性がなければ無駄に使おうとは思わない。今の世界のあり方も、魔女が何も言わないから現状が正しい形なのだと思いやすい。だからこそ大きな変化は起こりにくく、どこの国でも王政が続く」
「ああ……」
無駄な魔法を使わない……それで、こんなバングルを作れちゃうくせに、テレビのようなものはなさそうなのね。電気の代わりが魔法で、魔法が神の力なのだとしたら……元の世界と何が変わって何が変わらないのだろう。
庭園の隅――水辺の側に来た。なぜか川がある。階段をトントンと降りると傾斜がついた地面が続き水がすぐそこだ。ウロウロしていた巡回の騎士さんたちの姿も見えなくなり二人きりになる。
「魔法も、罪悪感があると使えないという制約がある。魔女、今すぐ来てくれ」
は?
彼の言葉に反応して、突然またあの露出度の高い黒い魔女がニコニコしながら現れた。
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