聖女として召喚された私は無愛想な第二王子を今日も溺愛しています 〜星屑のロンド〜

春風悠里

第1話 異世界召喚

 黒は落ち着く。

 温かい家庭なんてまやかしを演出する家族写真の飾られた玄関やリビングなんて薄ら寒い空間から、私を隔絶してくれる。


 この空間は私の癒やしだ。……その空間のためにお金を出してくれたのは、母親の再婚相手の男だけど。


 ――この家から出ていく。早いうちに。


 まだ中学三年生だ。親の脛を齧るしか生きる術がない。


 ハイウエストのエレガントな黒いドレスワンピは胸元だけが赤い。黒いヘッドドレスもつけて鏡を見る。ゴシックロリータといわれるファッションで身を包めば、別の世界へ入り込んだ気がして……落ち着く。それなのに、一階からは母と弟の笑い声が聞こえてきて……私はヘッドホンで耳でも塞ごうかと立ち上がった。


 弟は、今の父と母の実の子だ。今年小学生になった。今の父とも何年も一緒にいるのに、私は疎外感を持ったままで……上手くはやれていない。小さい頃から人見知りだったのもあるかもしれない。ずっと腫れ物に触るように扱われている。


 ――なんでも買ってくれるけどね。


 ヘッドドレスを外してBluetooth接続できるコンポに手を伸ばし――、少し気が変わって先に親友へとメッセージでも送ろうかとスマホを手に取った。


 幼い頃からの唯一の親友。他に友達はいない。


 ああ……でも、昨日言ってたっけ。明日は部活がないから夏休み中だし弟と卓球をしに緑地公園に行くことになりそうだ……って。受験生なのにお構いなしに、いつもせがまれるんだって。明るくて優しくて一緒にいると嫌なことを忘れられる彼女と少しでも話がしたくて、彼女の部活の帰宅時間頃に通り道である公園でいつも待ってしまっている。


 我ながら依存体質なのよね……。


 スマホを机に置き直す。

 人と話すことが苦手で、優しくされるだけでどう返せばいいのか分からず泣いてしまう。ほとんど友達もできなかった。近所に住む親友、夢咲ゆめさき愛里朱ありすだけはずっと話しかけてくれて側にいてくれた。私は幼稚園で彼女は保育園だったから、頻繁に会うようになったのは小学生になってからだ。母に再婚をしていいか聞かれた時、同じ小学校に通い続けられるのならいいよと答えた。彼女がいたからだ。この家の土地は母方の祖父の名義なのもあったのだろう。離婚後も住み続けていたし、再婚後も望み通り住むことができた。


 でも、あの子には友達が多い。

 私のことを親友だと言って仲よくしてくれるけど……たぶん、同情もあると思う。私と一緒にいなければ、もっともっと楽しい学校生活を送れたのかもしれない。皆に好かれている彼女に、普段だけでなく修学旅行でも委員会でも私はつきまとってしまった。


「違う世界に行きたい……私が誰の邪魔にもならない世界へ」


 そう呟いた瞬間に――、なぜか私は異空間に飛ばされた。


 ★☆★☆★


「どこよ、ここ……」


 何もない真っ白な空間に突然移動したと思ったら、露出度の高い黒の服に身を包んだ魔女帽子をかぶる黒髪の女性が現れた。胸の谷間が凄まじい。


「はじめましてねぇ、月城つきしろ聖歌せいかちゃん」


 夢だわ……。

 こんなこと、あるわけがない。別世界に行きたいと思ったら行ってしまう……うん、夢よ夢、絶対に夢。


「どーも」


 夢の中で夢だと気付くことはなかなかない。せっかくなら黒いお城でもイメージして――。


「あなたを別世界へ送るわぁ。魔王ちゃんが生まれて、浄化してもらわないといけないのよぉ。聖女って呼ばれることになるわねぇ。詳しいことは第二王子ちゃんから聞いてぇ?」


 夢の中の登場人物のくせに、うるさいな。私が聖女? 聖女になって第二王子と会うって? ふざけた夢。そんな子供じみた夢をみるなんて……あとで起きたら落ち込みそうね。


「それじゃ、あちらで会いましょうねぇ〜。すぐだけどぉ」


 鼻につくしゃべり方だなと思った瞬間……また私は別の場所にいた。


 ★☆★☆★


 今度は何……。次から次へと場面が変わるのが夢とはいえ……。


 大きなアーチや柱が特徴的な、歴史の教科書でルネサンス期の建物として紹介されていたような場所に私はいた。白と金が基調で、天井には絵画が描かれている。


 あれはパイプオルガン……?

 ここは礼拝堂?


「彼女が聖女よ」


 さっきの女性がそれだけを言うと、私に笑顔を向けて突然消え去った。文字通り消滅した。


「え……」


 夢だと思ってさほど気にしていなかったけれど、よく見ると私は何人かの人に遠巻きに囲まれている。そこまで人はいないものの、どいつもこいつも物語に出てきそうな服を着ていて、男性が多い。


 私の夢なら、ゴシックメンズの服で揃えてくれればいいのに。ただの貴族風の服も悪くはないけど……。


 なぜか全員が引いた目をしている。夢だからどうでもいいけど。あ、一人だけは違うかな。気難しそうな顔。


「聖女は召喚された! これで世界は救われる!」


 いかにも国王陛下といった出で立ちの男がそう言うと、私の側へ来た。


「と……突然喚び出してしまってすまなかった。異世界より世界を救う聖女として遣わされたのが君だ」


 どうしてそんな訝しげな目を……。言ってることと態度がちぐはぐね。


「ふ……む。ああ、君は夢だと思っているかもしれないが、これは夢ではない。だが、いきなりのことですぐには信じられないだろう」


 ……今も信じていないけど。


「こちらが息子のヴィンセントだ。魔女様より聖女についての詳細を聞かされている。頼りにしてやってくれ」


 気難しい顔をしていた男がスタスタと歩いてきて、私の前で膝を折った。


「ここ、ティルクオーズ王国の第二王子ヴィンセント・ロマニカと申します。聖女様の婚約者、という立場にもなります」


 ……は? 何?

 婚約してないのに婚約者? 意味が分からないけど。


「今は混乱されていることかと思いますし、詳細をご説明します。別室に参りましょう」


 え、待って。

 私……こーゆー系の人が好みだったの?


 深い青緑の前髪は邪魔そうだ。長い後ろ髪は留めているようだけれどサイドの髪も横に流しっぱなしで、王子感はあまりない。婚約者として私の夢に出てきそうなタイプでは……いや、熱血青春タイプよりかはマシだけど……。


「その前に、私のことも自己紹介させてもらおうかな」


 もう一人、全然違う見た目の男が側に来た。


「アドルフ・ロマニカ、第一王子だ。ここでの生活の中で、足りないものや困ったことがあればいつでも言ってくれ。ヴィンスを通してでもいいし、直接でもね」


 話の流れからしてヴィンスとはさっきの第二王子、ヴィンセントのことね。こっちは金髪碧眼で綺麗系だ。王様風の人の横にいるのが王妃様だとしたら、その血が濃いのだろう。そっくりだ。第二王子は王様よりね。


 いや、夢に対して深く考えなくてもいいか……それにしては、やけにリアルだけど。呼吸する度に肺に空気が入り込むのすら感じる。


「全て私を通してで問題はなかろう。聖女様、この中から靴を選んでほしい」


 いつの間にか靴も並べられている。


 ……どうして黒のロリータ風なの。私の趣味を知られている上に、靴を履いていないことまで想定されているなんて……やっぱり夢ね。


 流れに任せて一つずつ履いて、ピッタリのが見つかったので「こちらで」と短く答えた。


 そうして……第二王子とかいうヴィンセントに連れられて、この豪華な礼拝堂といった場所をあとにした。

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