立ち上がれ正義ヒーローマン

橋広 高

本文

 彼女には三分以内にやらなければいけないことがあった。しかし彼女はそのことに気づいていない。呑気に鏡を見て化粧をしている。今、彼女のアパート目掛け、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが急接近している。いや、目的地は彼女のいるアパートなどではない。そこもただの通過点なのだろう。なんせ全てを破壊するバッファローの群れなのだ、万物をその頭蓋で砕く力を持つ怪物なのだ。ただの破壊を目的としているわけがない。


 ともかく、今彼女の人生において最大の命の危機が迫っている。事実部屋は警報を鳴らすかの如く細かく振動を繰り返しているが、当の本人は近くで工事でもしてるのかなと呑気なものである。このままだと、一般人の命が不条理に破壊されてしまう。


 きっと彼がいるのは、そんな最悪を起こさないためである。空を見よ、純白のマントをはためかせ、赤、青、黄色、緑、桃の五色で構成された虹の帯を肩から斜めにかけたデザインが目を引く真っ白なスーツに身を包む、仮面の男を見よ。彼こそが正義ヒーローマン。この星の正義を守ると声高々に叫ぶ、彼こそが正義ヒーローマンである。


 ヒーローマンは目下、バッファローの行く先にあるアパートをじっと見つめている。マスクからモーターの駆動音がする。これは正義ヒーローマンが己の正義を貫くための機能の一つ、正義アイである。出来ることは主に二つ。

 一つは透視。厚さ一メートルまでなら、正義アイにとっては存在しない壁も同然である。

 もう一つは正義ジャッジメント。透視で見つけた一般人の正義を確かめるため、SNSやラインのやり取り、政府の戸籍データベース、それだけではない、本人が誰にも明かしてこなかった頭の中にしかない秘密でさえ閲覧することができる。もちろんこれは正義の執行のためのものであり、正義ヒーローマンが私用に使っていいものではない。

 彼女は大学生。学費を稼ぐために水商売をやっていて、それだけでは足りないのか、援助交際にまで手を出している。正義ヒーローマンはその情報を一瞥すると、決断を下す。


 正義ではない、と。


 ヒーローマンは援助交際は悪だと思っている。なぜなら援助交際は良くないことだからだ。

 しかもそれだけでなく、大学の学費が支払えないからという嘘を吐いている、というのが彼の見解だ。もっとやりようがあったはず、国や学校の制度をもっと活用すれば、夜の世界に身を堕とさずとも、学びを修めることができたはずだ。

 国と公共機関から二種類の給付奨学金を貰い、学費免除で大学を卒業したヒーローマンは、その人生経験から語る。


 正義でないという結論を出したヒーローマンは、バッファローの群れがアパートの壁を破り、土煙を上げ、柱を折り、住人の悲鳴を覆い隠すように音を立てながら崩れていくそれを眺めていた。真に正義の心を持つものを助けるときのために、正義ヒーローマンは体力を温存しておく必要がある。


 ヒーローマスクは駆動する。正義アイが街を駆ける。淫交教師のファイリングしていた生徒の裸をバッファローに破壊されないよう押収したり、ある一家の娘をバッファローの通らない場所に避難させた。その際使用したのがこの正義シューズである。足裏から特殊な波動を出し空を自由に飛べるだけでなく、波長をいじることで電子機器をジャックしたり、金属を共鳴させて鍵を解錠させるという器用な芸当も可能である。


 ついにバッファローが制止した。町外れの空き地である。


「どうした! もう終わりか!」


 群れの前に着陸したヒーローマンは啖呵を切った。伝統は守るというのがヒーローとして大切なことだと彼は知っている。

 すると突然、先頭の一匹が鋭く嘶いた。それを聞いたバッファローたちが、その一匹に突撃していく。ぶつかると吸収され、その度に体が大きくなっていった。最後の一匹が吸収されたとき、そこにいたのはバッファローではなかった。二本足で直立するそれは、巨大怪人と言って差し支えなかった。


「やはりアクヤーク! 奴らの刺客であったか!」


 正義ヒーローマンは宿敵の名を叫ぶ。巨大怪人と化したバッファローは踵を返し再び街へ向かっていく。


「くっ!」


 ヒーローマンは空へ飛び立ち街の方を見る。今までは直線的に走るバッファローが相手だったため進路が読みやすかったが人型になると話が変わる。どこへ向かうか読めないが故に、正義アイが追いつかない。真の正義を持つ、救わねばならない人まで取りこぼしてしまう。苦渋の決断の末、ヒーローマンは宣言する。


「合体! ジャスティスロボ!」


 日本のどこかにある正義ヒーローマンの拠点、ジャスティスベース。そのハッチから五体のロボットがヒーローマンの元に集結する。元々は一人一台のロボットであったが、正義観の違いから決定的な決裂が起き、当時レッドだったヒーローマンが残りメンバー全員の命と力を奪ったために、今は全てヒーローマンのものである。


 シューと蒸気を立てながら合体し、バッファロー怪人と肩を並べるほどの巨体となって目の前に立ち塞がる。


「ブモモー!」


 激しい突進を体で受け止めるジャスティスロボ。破壊力のある突進を受け後退りする。足元に民家が近づく。幸運なことにその家はスキャン済み。あえて踏み潰して瓦礫にすることで摩擦を増やし踏ん張った。


「こっちもお返しだ!」


 肩から蒸気を吹き出し怪人を両手で持ち上げる。このまま地面に投げつけ体勢を立て直そうとしているところに必殺技。常勝のパターンである。


「なっ……!」


 落下地点を探して気がついた。まだ避難が完了していない。それだけならまだ良かった。経験したことがある窮地だから解決法もある。驚愕したのはどこに投げてもヒーローマンの救済対象の正義の一般人が犠牲になってしまうことに対してである。明らかにジャスティスロボに搭載してある正義アイの強化パッチのせいだが、それを恨むほどヒーローマンは小さい人間ではない。そんなことをしている暇があるなら、このピンチを打破する方法を考えるべきだ。しかし相手も怪人。必死の抵抗を見せ、今にも手から滑り落ちそうである。


「ええいすまない!!!!!!!」


 人生時には割り切りも大事である。計算で叩き出した最も犠牲者が少ない落下地点目掛け怪人を投げつける。高所からの位置エネルギーに加え投げの運動エネルギーも加わり地面が大きく凹む。


「うおおおおお!!!」


 立ちあがろうとする怪人に向かって、ジャスティスロボは大剣を構えジェット噴射で加速する。


「ジャスティ・スラッシュ!!!」


 粒子の青白い光を纏ったジャスティスソードがバッファロー怪人の体を両断する。そして爆発。怪人の処理は爆発が最効率である。街に降り注ぐ火の粉を背に、ジャスティスロボに乗った正義ヒーローマンは颯爽と去っていった。


☆☆☆


 宇宙に浮かぶ人工的でありどこか自然的な禍々しい姿の宇宙船。アクヤークの宇宙船である。


「また“奴”か」


 幹部会議、四天王の一人が重々しく口を開く。獣のワイルダン。今回のバッファロー怪人も彼の仕業である。


「何故だ。何故バッファローの突進を止めない!?」


 彼らの目的は地球の侵略、ではなく、悪役としてヒーローに華々しく殺されることである。 アクヤーク星人は群れをなし正義の力と共に様々な星を訪れては原住民に力を与え、悪として始末されるため戦っているのである。彼らにとって正義ヒーローマンの存在はイレギュラーなのである。


「あやつ……人の形を成した下郎がなぜ正義ギアに適合したのか……しかもほぼ百パーセントで……」


 ヒーローに変身する機械を生み出した絡繰のマシーニアも頭を抱えている。


「あまりにも自己中心的すぎると正義と誤認してしまう、次地球人に渡す際はそんなことは起こらないようにしないといけませんわね」


 普段美しさに最新の注意を払う華美のラウーネも今は苦虫を噛み潰したような表情をしている。


「クキャキャー!朗報!朗報!」


 改造のメンテンが自らの腕よりも遥かに長い袖を振り回しながら会議室に駆け込んできた。ワイルダンが反射的に立ち上がる。メンテンは身長一メートルとかなり小柄だが、ワイルダンが二メートルの巨躯を持つためより小さく見える。


「朗報とは、もしかして……!」


「できたよ……!“アレ”……!」


 室内がザワつく。


「ラウーネがヒーロー側の追加戦士として投入する戦力を流用して怪人にするなんて言ったときはおかしな事だと思ったけどネ」


「ええ、滅茶苦茶なことだと今でも思ってますわ。でもなりふり構っていられませんでしたもの」


「たしか怪人スーツとしての改造はすでに完了しているといったな……即ち」


「見つかったよ。ヒーローマンに処刑されたメンバー唯一の生き残り。元グリーンをね」


 わっと歓声が上がる。


「戦力で言えば申し分ないぞ!」


「でも元は敵同士、おそらく闇落ちを拒絶するはずですわ……!」


「では残すところ洗脳と調教を……!」


「いや、二つ返事で許諾だったヨ」


「「「二つ返事で許諾」」」


 孤独の戦士正義ヒーローマンに危機が迫る。

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