未来は胃袋で掴み取れ

みこも祭

未来は胃袋で掴み取れ

 一週間前まで彼女なしイコール年齢だった俺には三分以内にやらなければならないことがあった。



 春。

 中途採用で入社してきた戸田さんに俺は一目惚れした。イエス・フォーリンラブ!

 二十五年間、彼女がいなかったのは戸田さんに出会うためだったに違いない。

 セクハラ・モラハラ、ありとあらゆるハラスメントに気をつけて、半年かけてお近づきになった。

 食べることが好きな戸田さんのタイプは、同じように食べることが好きな人。恋人ができたら、二人で行きたいお店があるという。

 俺は高校まではサッカー部だったから、結構どころかかなり食べた。

 そのことをアピールしながらさらに距離を詰めて、そして先週、俺は晴れて戸田さんの彼氏になりました。

 となれば初デートは恋人の夢を叶えないと。でなきゃ男がすたる。

 財布の中身が許す限り、だけど。



「残り三分! 兄ちゃん、頑張んな!」


 頭に手拭いを巻いた店長が声をかけてきた。

 目の前には、食べかけのラーメン。ただし、これは普通のラーメンじゃない。

 赤ん坊が入りそうな巨大なラーメン丼に三百グラムの麺四玉、野菜炒め一人前、分厚いチャーシュー八枚、煮玉子三つ、子供の拳くらいありそうな唐揚げ五個、海苔一枚が豪快に盛られていた。

 制限時間二十五分の、いわゆるチャレンジメニュー。これを四分の一まで食べた。

 そして、あと三分で完食しないといけない。

 間に合うか? いや、間に合わせる。

 だって、戸田家行きつけの中華料理店で提供されるこのラーメンは、カップルじゃないと注文できない。

 だから恋人と二人でチャレンジするのが、戸田さんの夢だったという。

 ちなみに、カップルメニューなのに二人でこの量を食べるんじゃない。それぞれ食べる。十年間で完食できたカップルはいないらしい。そりゃ無理だよ。

 何はともあれ、嬉し楽し恥ずかしの初デートは町中華。

 なんか、思ってたのと違う。もっとドキドキ、キラキラ、ワクワクしたのかと思ってた。

 今はスープを吸った唐揚げにドキドキしてる。

 唐揚げってこんなに胃に重いものだったか?

 おかしい。ちょっと前まで楽勝だったはずなのに。しかも伸び始めた手打ち麺が追い打ちをかけてくる。

 でも、結婚したらこういう中華料理店だって普通に来るだろうし。

 え、結婚? まだ付き合って一週間だぞ。早いだろ。戸田さんだって迷惑だろうし。

 でも行きつけの店に連れてきてくれた。

 それはつまり、うちの味を知ってね、ってことだろ――。


「ごめんなさい、斎藤さん。無理しないでください」


 チャーシューを食べながらそんなことを夢想していたら、戸田さんが申し訳なさそうにそう言った。

 彼女はスープ一滴、麺の一欠片すら残さず完食している。小柄な体のどこにラーメンは入っていったのだろう。

 聞いたらセクハラか?

 だから聞かない。チャーシューと一緒に飲み込んだ。


「そんなことないよ」


 戸田さんの前に、デザートのアフォガードが運ばれてきた。

 中華料理店なのに杏仁豆腐じゃないのか!

 ちなみに、おしゃれなガラスの器はイタリア製らしい。店長、なかなかこだわるな。


「戸田さん、先に食べてて。俺待ってたらせっかくのアイスが溶けちゃうし。てか、俺こそごめんね、食べ終わるの遅くて。祖母に、よく噛んで食べることは食べ物と作ってくれた人への敬意だって言われて育ったから」


 俺がそう言うと戸田さんははっと目を輝かせた。


「そうですよね。私、食べることに夢中で、今までにそこまで考えたことありませんでした。さすが斉藤さんのお祖母様です」


 ひょっとして俺も、褒められた?

 でも嘘です。ごめんなさい。

 いや、祖母ちゃんが言ったのは本当だけど、よく噛んで食べたのは最初の一口だけです。よく噛んたら満腹中枢が刺激されちゃうし。

 ああ、天国という名の両国国技館にいる祖母ちゃん。優勝がかかっている貴女の推しは勝ちましたか? 俺も頑張っています。


『俺もすっごい食べるんだよ。戸田さんには負けないよ』


 このままじゃ嘘になる。

 嘘は貫き通せば本当になる、と誰かが言っていたような気がする。

 戸田さんとの将来のために、貫き通してみせましょう。

 俺は覚悟を決め、箸を持ち直すとラーメンを啜り始めた。

 


 もう口を動かしたくない。

 そういうわけで、あえて溶かしたアフォガードをのんびり飲んでいると、戸田さんはメニューを開き出した。

 えへへ、と笑う戸田さんはすっごく可愛い。

 でもどうするの? デザート食べたよ?


「カフェイン摂取したらお腹の空いちゃいまして。とりあえず、ゴマ団子と桃まんと杏仁豆腐下さい!」

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