日本昔話「牛鬼」

永嶋良一

第1話

 昔々、俊英という名前の偉いお坊さんが四国の伊予の国を旅しておった。


 俊英が河辺村というところにたどり着いたときじゃ。村長が俊英の泊まっている宿にやってきて、こんなことを言うたのじゃ。


 「俊英様。私どもの村では牛鬼ぎゅうきという妖怪に悩まされておりまする。どうか、牛鬼を倒してください」


 俊英は牛鬼のことを聞いたのじゃ。


 「それはどのような妖怪なのですか?」


 村長は言った。


 「はい。牛鬼は頭が牛で、身体が蜘蛛の、十尺はあろうかという大きな怪物なのです。毎年、春になると牛鬼が村外れの八幡神社に現れて、村人を食ってしまうのです。牛鬼に食われた者は、牛鬼になってしまうと言われています。で、今年も春がやって来ました。そろそろ、牛鬼が現れる頃です」


 俊英は牛鬼退治を引き受けたのじゃ。


 さて、その日の夜、俊英は一人で村はずれの八幡神社に出かけて行った。


 夜も更けて、丑三つになろうかという時刻のことじゃ。俊英の前に一人の美しいおなごが現れた。


 おなごが俊英に言った。


 「私はこの神社の守り神の化身です。あなたは、牛鬼を退治するつもりですか? 牛鬼はここにはおりません」


 それだけ言うと、おなごの姿は煙のように消えてしもうた。


 俊英は不思議に思って、翌朝、村に戻ると村長におなごのことを話したのじゃ。


 すると、村長はこう言った。


 「俊英様。騙されてはいけませぬ。そのおなごこそ、牛鬼の化身なのです」


 俊英は、その日の夜も八幡神社に出かけて行った。夜も更けて、丑三つになろうかという時刻になった。すると、俊英の前に昨夜のおなごが現れたのじゃ。おなごが言った。


 「その村長こそ、実は牛鬼なのです。牛鬼に食われた人間は牛鬼になってしまうのです。きっと、村長は牛鬼に食われてしまったに違いありません。私はこの神社の守り神です。どうか私の言うことを信用してください」


 それだけ言うと、おなごの姿はまたも煙のように消えてしもうたのじゃ。


 俊英は翌朝、再び村長に会った。村長はこう言った。


 「私が牛鬼だなんて、とんでもない。そのおなごこそ牛鬼なのです」


 俊英は困ってしまった。


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