おままごと (保育園男児(4歳) @保育園近くの公園 (その2))

「パパー。ブランコに乗せて」


 悠馬はブランコにお尻を乗せようとするが、絶妙に足の長さが足りず、上手に乗れないでいる。


「良いのか?」


 悠馬はあまりブランコが得意ではない。

 先週の日曜日に近所の公園で半ば強引に乗せたが、ちょっと揺らしただけで半べそをかいていた。

 だが、今日はルカちゃんの前で良いところを見せたいのか。


「いいよ」


 変なこと訊くなと言わんばかりの平然とした口調。


 分かった。

 もう何も言うまい。

 俺は悠馬をブランコに乗せ、軽く背中を押す。


 悠馬は小さな手で抱え込むようにグッとチェーンを握り、全身を硬直させ、すぐ前の地面を一心に睨みつける。

 ブランコは俺の目にはわずかにしか揺れていないように見えるが、悠馬にとってはビルとビルの間を綱渡りしているような気分かもしれない。


 ルカちゃんは隣のブランコの前に立って、チェーンを握りながら悠馬の様子を黙って見ている。

 彼女の目に映る悠馬は格好良いのだろうか。


「ルカちゃんも乗る?」


 一応、礼儀として訊ねてみた。

 気の利かない大人と思われるのも嫌だし。


 ルカちゃんが興味なさそうに首を横に振るのを見てホッと息をつく。

 よくよく考えると、ルカちゃんパパに許可なくルカちゃんに触れるなんて、ルカちゃんパパに見つかったらどう思われるか。

 ましてやルカちゃんを抱えてブランコに乗せ、それでルカちゃんがブランコから落ちるという不慮の事故が起きてしまったら、急に俺の人生が危うくなる。


「悠馬君、砂場で遊ぼ」


 ルカちゃんは急にブランコから手を離し、砂場に駆けていく。


「あ、うん。待って、ルカちゃん」


 悠馬はブランコの揺れが止まらないと降りられないらしく、恨めしそうに地面を見つめる。


 仕方ない、とチェーンを持って制止させてやった。


 悠馬はゆっくり足を伸ばして地上に降りると、一目散に砂場に向かう。

 ブランコに未練を見せないのは、楽しかったわけではないということか。

 女子の前では怖くても格好つけてしまう男のさがを四歳児の行動に俺は見た。

 悠馬よ、君もこれから長い間、その性に翻弄されることになるだろう。


 砂場に近づくとルカちゃんがおもちゃの包丁を持って座り込んでいた。

 砂の中からプラスチックでできた野菜や皿を掘り出している。

 誰かが忘れて行ったようだ。


「はい。悠馬君、朝ご飯作って」


 ルカちゃんが悠馬におもちゃの包丁と皿を渡す。


「僕が?」

「そう。ご飯ができたら、起こしに来て。私、そこのベンチで寝てるから」


 ルカちゃんは立ち上がって砂場の傍のベンチを指差す。「おはようのチュウで起こしてね」


 はぁ?

 チュウ?


「ご飯、何食べたいの?」


 悠馬はチュウには反応せず、朝ご飯の内容を確認する。


 俺は急にソワソワしてきた。

 親として、保育園児のチュウに対してどういう態度が正解なのだろう。

 ハッと保育園の建物を振り返る。

 ルカちゃんパパの姿がまだ見えないことにホッとする。

 娘がいないから分からないが、娘を持つ父親は娘に彼氏ができたらショックだということをよく聞く。

 悠馬がルカちゃんの唇を奪ったら、ルカちゃんパパは怒り狂うのではないか。

 やはり止めるべきか。

 だが、この二人が言っているのはチュウの真似事で、本当にキスをするわけではないかもしれない。


「何が作れるの?」


 ルカちゃんが悠馬の隣にしゃがみ込む。


「んー。白いご飯」

「そんなの作るって言わないでしょ」

「そうなの?じゃあ、パン」

「パンも焼くだけでしょ。作るって言わないわ」

「そうなの?」

「そうよ。私はお仕事が忙しいんだから、悠馬君、朝ご飯ぐらい作ってよね。目玉焼きとかサラダとか」

「分かった。ルカちゃん、お仕事、何屋さん?」

「看護婦さんよ。夜も仕事でいない時があるんだから」


 ルカちゃんは胸を張るが、顔は寂しそうだ。

 おそらく、母親が看護婦なのだろう。

 ルカちゃんパパがお迎えに慣れているのも、母親の勤務シフトの都合があるからなのかもしれない。


「へぇ。すごいね」

「悠馬君はユーチューバーね」

「やったー」


 悠馬は嬉しそうだ。

 ユーチューバーになりたいのか。


「ユーチューバーは大変なのよ。全然儲からないんだから」


 ルカちゃんはユーチューバー事情にも詳しい。

 もしかして、あの強面のルカちゃんパパが……。


「ゲーム実況しようかなぁ」

「駄目よ。プロレス系ユーチューバーね」


 俺は吹き出すのを懸命に堪えた。

 ルカちゃんパパはプロレス系ユーチューバーなのか。


 俺は再び保育園の方を振り返った。


 そこにルカちゃんパパの姿。

 のっそりのっそり、こちらに向かって歩いてくる。


「プロレス系って何?」

「いろんなプロレスの技をかけるのよ」

「何それ?」

「んとね。えっとね。何か、こう……。うまく言えない」


 悠馬が砂場を手で掘り返していると、おもちゃの目玉焼きが出てきた。


「はい。目玉焼き」

「できちゃったの?んーもー。起こしに来てって言ったじゃん。じゃあ、チュウね」


 ルカちゃんが悠馬に顔を向けて目を閉じる。


 マジか。

 ルカちゃんは実際に唇に唇を重ねることを求めている。

 ルカちゃんパパはもうすぐそこまで来ている。

 どうする、悠馬。

 どうする、俺。


「いや、チュウはしないよ」

「ん!ん!」


 ルカちゃんが悠馬にチュウをねだって唇を突き出す。


「駄目だって。そういうの、俺は簡単にしない。ルカちゃんもちゃんと考えた方がいいよ」


 悠馬は毅然と立ち上がった。

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