勇者の本心 (女魔法使い(年齢非公開) @どこかの街 (その2))
「シェルカのにおいがするね」
マーベリックが綿人形をくんくん嗅ぐ。
「ちょっと、マーべ。気持ち悪いわよ」
「あ。ごめん」
マーベリックは恥かしそうに笑った。
「じゃあ、行くわね。余裕ができたたら、あなたの国にも遊びに行くわ。その時は豪勢にもてなしてね、皇太子殿下」
そう。身分の違いもシェルカを臆病にさせていた。
マーベリックへの気持ちに素直になっても、彼の妻になれる可能性はかなり低い。
他国の中流階級の魔法使いなど彼の王国にとって何のメリットもない。
つまり、彼への道を突き進んでも、どこかで行き止まりになることが目に見えているのだ。
そこで、この人形だ。
何か月後かに使ってくれたら、その時に彼への気持ちがどうなっているか、私も自分自身のことを見極められる。
まだ彼への気持ちが消えていないのなら、その時は全てを捨てて彼の国へ向かおう。
人形を使ってくれたということは、彼も受け止めてくれるはずだ。
逆に一年経っても彼が使ってくれなければ、その時はマーベリックへの想いを魔法の効果と一緒に断ち切るつもりだ。
「ああ。全力で歓迎するよ」
「ありがとう。……じゃあね、マーベリック」
シェルカは杖を軽く振って、空中に浮き上がり、そして故郷の方角へ飛行した。
マーベリックはいつ人形を使ってくれるだろうか。
三か月後?
半年後?
もしかしたら、すぐに道端に捨ててしまうかもしれない。
そう考えるとシェルカの胸がキリキリと痛んだ。
しかし、振り返ることはしない。
自分で決めたことだ。
風を切って飛べば、溢れる涙もすぐに乾く。
今は一刻も早く故郷に戻り、疲れた心身を癒したい。
お気に入りの岩風呂に浸かって、何も考えずにボーっとしたい。
ん?
口元に違和感。
まさか、とは思ったが、シェルカは眼下の森の中に不時着した。
大きな樹の幹にもたれ、目を閉じ、肌の感覚に集中する。
ガブッときた。
唇全体に覆い被さられている感覚。
強く、熱い。
しかし痛くはない。
これは……。
でも、間違いない。
マーベリックが人形にキスをしている。
もう?あれからまだ十分ほどしか経っていない。
三か月後、半年後にと言ったのに。
あっ。
シェルカはビクンと肩を震わせ、その拍子に杖を落とした。
全身をしっかり抱き締められて、身動きが取れない。
唇を吸われ、メロメロと舐められる。
気持ち良い。
良すぎる。
ああっ。
熱く柔らかいものがうねうねと動いて割り込んできた。
舌だ。
息が乱れる。
全身に力が入らない。
膝がガクンガクンと大きく震えた。
こんなにも明確に。
まるで直接接しているかのようだ。
予想を超えている。
マーベリックの想いが激し過ぎる。
そんなにも私のことを?
っくはぁっ。
分かったわ、マーベ。
こんなにも私を……。
シェルカは地面に膝を落とし、転がっている杖を手繰り寄せ、必死に意識を集中した。
そして、瞬間移動の魔法を念じる。
マーべのもとへ。
早くあの人形と入れ替わりたい。
が、なかなか集中できない。
吐息が漏れる。
意識が散漫になる。
予想外だ。
マーベリックの気持ちが強すぎて、魔法が唱えられないなんて。
どんな敵に対峙してもこんなことにはならなかったのに。
さすがは魔王討伐のパーティーを率いた勇者、マーベリック。
でも、この勝負だけは負けられない。
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