勇者の本心 (女魔法使い(年齢非公開) @どこかの街 (その1))
「さ。私もそろそろ……」
シェルカは毅然と立ち上がった。
パーティーは解散し、既に僧侶と戦士は別れの言葉を残してそれぞれの道に戻って行った。
「お、おい。シェルカも行くのか?」
マーベリックが慌てたように声を掛けてくる。
そのすがるような顔を見ると、シェルカの心内に後ろ髪引かれる思いが強まる。
覚悟の上の行動だが、何とか懸命に平静を装う。
「そうよ。故郷に戻って両親に戦勝報告しないと。国王陛下に謁見して、魔王討伐の記録書編纂にも協力しないといけないし。三年も家を空けたから、他にもやらないといけないことがいっぱい」
「そっか……」
「寂しい?」
「ああ。ここで、お別れは寂しいよ。この四人は特別なパーティーだったけど、特にシェルカと一緒にいるのは楽しいから」
女好きのこの男は、こういうことを平気で言う。
これが本気の言葉なのか見極める術は百年に一人の逸材と評されるシェルカも持ち合わせていない。
修行に明け暮れて人知を超える能力を開花させ国王陛下直々にお褒めの言葉を頂いた魔法使いとして、ちょっと流麗な技を持つ剣士に甘いことを言われたぐらいで頬を赤らめてはいられない。
「数多の修羅場をくぐり抜けた勇者らしからぬ泣き言ね」
「おかしいか?」
「おかしくはない。ただ、屈強な剣士はそんな一時の気持ちの揺れなど鍛え上げたその肉体で押さえつけてしまうと思ってたから」
鍛え上げたこの肉体。
共に過ごした長旅の間に彼から何度となく聞かされたその表現を遣った皮肉だ。
「どこまで行っても俺は人間。魔物とは違って心を持ってるってことだよ。こういう弱みは戦場では不利だが、もう戦いは終わったんだ。少しは俺の弱いところを受け止めてくれよ。君が一番俺のことを理解してくれえると思っていたのに」
「まあ、何と光栄な評価だこと」
シェルカは目に怜悧な光を宿したまま、浮き上がりそうになる心をギュッと押さえつける。
口では何とでも言える。
知りたいのは本心だ。「でも、いいの?マーシャが聞いたら怒るわよ」
踊り子マーシャ。
マーベリックには何人も女の影がつきまとっているが、彼女が恋敵の最右翼だろう。
奔放で甘え上手な性格と魅惑的な仕草で仲間ですら翻弄する。
妖しげな美貌を持ち、蟻地獄のように男を手元に誘い込む。
私には到底真似できない。
マーベリックも彼女に心を奪われているのではないか。
「マーシャとは何でもないよ。妹みたいなもんさ」
「へぇ。そう。マーベも彼女の虜になってると思ってたわ」
「勘弁してくれよ。心外だな」
マーベリックはすねた表情を横に向けた。
「それはごめんなさい」
怒らないで、マーベ。
こっちだって、不安なのよ。「分かったわ。短くない期間、苦楽を共にして死線を何度もくぐり抜けてきた仲だし、とっておきの魔法を置いていってあげる」
シェルカは肩掛けの雑嚢から両手ぐらいの大きさの布切れを取り出した。
「何、それ?」
「綿人形よ。そうねぇ……。例えば、三か月とか半年経っても私に会いたくなったら、この人形にキスをしてみて」
「どうなるの?」
「キスをする時に相手のことをしっかり頭に思い描ければ、この人形が相手の等身大になるの。誰を想うかはマーベリック次第。私を思い浮かべれば私とキスをしているみたいになるわ」
「へぇ。面白い」
マーベリックはシェルカから受け取った人形をためつすがめつ眺めた。
顔が描かれていない、のっぺらぼうの綿人形。
マーベリックは少し肩を落とした。「だけど、君には会えない」
「確かに会えないけど、キスをする時の相手への想いが強ければ強いほど、この人形は相手の姿かたちに近づいていくの。最終的には見分けがつかないぐらいにまで」
「本当に?」
マーベリックはもう一度何の変哲もない綿人形を見た。
「私ぐらいの魔法使いになれば、こういうこともできるのよ」
半分嘘だ。
さすがに人形は人形。
何となくというレベルまでしか近づかない。
それに、中の綿にシェルカの血を染み込ませているので、シェルカの姿にしかならない。
他の女のことを想い描いても人形は変化しない。
しかし、マーベリックのシェルカへの想いに反応するように魔法が掛かっているのは確かで、人形が受けた感触は遠くにいてもシェルカに伝わるようになっている。
マーベリックがちゃんとシェルカのことを想ってキスをすれば、シェルカは離れたところでマーベリックのキスを味わうことができる。
つまり彼がこれを使ってくれた時、彼のシェルカへの気持ちが本物であることが証明されるのだ。
(その2へ続く)
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