後部座席で隠れて (高校一年生男子 @部活顧問の車の中 (その2))
「先生は電話。教頭先生から」
俺はコンビニの袋から温かい紅茶を取り出した。「ほら。これ。温かいぞ」
「ありがと」
紗季は受け取った紅茶の缶をコートの下に取り込んだ。
「何か食べる?」
「何があるの?」
俺はコンビニの袋の中を点検する。
「カレーパンと焼きそばパンとコーラ」
「病人を何だと思ってるの?」
期待通りの突っ込みが返ってきて、俺はクククと笑う。
「これもあるよ」
ゼリー飲料を紗季の太ももの上に置いて、俺は焼きそばパンにかぶりついた。
ろくに
このコンビネーションがたまらない。「うめえ。最高だな」
「光汰。わざと負けたでしょ」
「はぁ?」
ゲホッゲホ。
炭酸が気管の入口で暴発する。
ゲホッゲホゲホ。
「図星ね」
「何、勝手な……ゲホッゲホ」
「ね?何で?私のことが好きだから?熱出した彼女を早く帰らせてあげたかったからでしょ?」
俺の腕に顔をすり寄せてくる紗季の恋人モードに俺は急には合わせられない。
遠くに立花先生が見える。
まだ電話中だ。
俺はグビッとコーラを飲む。
「実力で負けたんだよ」
実のところはどうなんだろう。
自分でも分からない。
ただ、勝負所の深く考えなければいけない場面で俺の頭は盤上に集中できていなかった。
持ち時間が少なくなっていて読み切れなかったというのはある。
だけど、試合前に車に連れて行った紗季の足取りの重さ、手の熱さ、そして「こんな時にごめんね」と言った珍しく弱々しい声が気になって仕方なかった。
「本気出したら光汰はあんなのに負けないよ」
「そうかな」
「そうだよ。それぐらいの将棋馬鹿じゃないと顧問の娘に手を出したりしないよ」
「またそれかよ」
好きになってしまったのだからしょうがない。
それに、顧問の娘だと知ったのは好きになってからのことだ。
同じ姓だからと言って、親子で同じ高校、ましてや将棋部の顧問と部員の関係だとは想像もしなかった。
初対面の挨拶の時に言ってほしかった。
言われていたって、好みのタイプは変わらないのだが。
「ねぇ、光汰」
「ん?」
「チュウして」
「ば、馬鹿か。親父さん、すぐ戻ってくるぞ」
「だからよ。早くして」
横目で立花先生の様子を確認する。
電話は終わったみたいで、車の流れを確認しながらこちらにやって来るのが見えた。
「もう戻ってくる。できないよ」
「できるって。チュウしてくれたら元気になる」
「そんな単純な話じゃないだろ」
「単純な話よ」
紗季の潤んだ瞳に過ぎ行く車のライトが反射して流れる。「光汰のこと大好きだから体調悪くても応援したかったし、好きすぎて熱出ちゃったの」
「紗季……」
「だから、早く早く」
「でも、すぐそこに……」
「んもうっ!」
紗季がサッと手を伸ばして俺のネクタイを掴み、グッと自分に引き寄せた。
思いがけない力に俺は紗季の上に倒れ込みそうになって、咄嗟に窓ガラスに手を突いた。
すぐ下に紗季の顔がある。
いたずら好きな目を輝かせた笑顔がずるいぐらいに可愛い。
紗季は俺の首の後ろに両手を回し、自分から顔をスッと近づけて来た。
その唇は火傷しそうなほど熱かった。
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