初めてのキスの感触 (中学三年生女子 @自宅 (その2))
「菜々。今日は月がきれいだよ。窓から見てみてよ」
良かった。
幸樹先輩が戻ってきてくれた。
幸樹先輩がどこに行っても、スマホは固定されていないのだから戻ってくるも何もないのだが。
「月ですか?見えるかな。うち、マンションの一階で、窓を開けても目の前が隣のマンションの壁なんですよね」
でも、幸樹先輩と同じものを見つめるなんて素敵だ。
離れていても、二人で月を眺めながら電話ができたら、隣にいるような気持ちになれそう。
よいしょ、と窓を開く。「え?」
「よっ」
目の前に幸樹先輩がいた。
隣のマンションとの間にある柵にもたれて、こちらに向かって手を挙げる。
「嘘……」
「嘘じゃないよ。ほら」
幸樹先輩は空を指差した。
その先に、マンションとマンションの壁で細く切り取られた夜空に見事に満月が輝いている。
「本当だ……って、そういうことじゃなくて」
幸樹先輩がスマホを耳に当てながら近づいてくる。
窓のすぐ下にまでやってきた。
「やっぱ、泣いてんじゃん」
「あっ」
菜々は慌てて両頬の涙を拭った。
そして自分の姿を見下ろし、着古した部屋着であることにハッとする。
菜々は慌てて首から下を幸樹先輩から見えないように姿勢を落とした。
こんな素の格好を見られてしまって、可愛さについて頑張って研究したあの時間は何だったのか。
「ほら、これ」
幸樹先輩が制服のポケットから小さな包みを出す。
「もしかして……」
「誕生日、おめでとう。今日だけはどうしても会いたかったから来ちゃったんだ。ごめんね、夜中に突然」
手の届く距離に幸樹先輩がいて、電話からと目の前からとで囁き声が二重に聞こえて幸せ過ぎる。
「幸樹先輩……」
覚えてくれていた。
しかも、プレゼントまで用意してくれて……。
また涙がドバドバ出てしまう。
水の中にいるかと思うぐらいに景色が歪む。
「受け取ってよ」
「でも、ちょっと自分がダサすぎて……」
受け取りたいのは山々なのだが、手を伸ばすとみすぼらしい部屋着が見えてしまう。
こんな格好を見られて幸樹先輩に嫌われたくない。
「要らないの?」
幸樹先輩が悲しそうに眉をひそめる。
菜々はもげそうなほどにブルブルと首を振った。
そして、仕方なく窓から少し身を乗り出して手を伸ばした。
包みは軽く、中でコソッと何かが動いた音がした。
何だろう。
何でも嬉しいけど。
不意に幸樹先輩の手がスッと伸び、菜々の首筋に触れた。
抗えない力でグッと引き寄せられる。
あっ。
声が出せなかった。
幸樹先輩の顔が目の前にあった。
そして、唇と唇が重なっている。
柔らかく、温かい。
はぁ。
……幸樹先輩に溺れる。
もう、息ができなくても良い。
このままずっと幸樹先輩を感じていたい。
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