萌えキス展開! 短編集
安東 亮
初めてのキスの感触 (中学三年生女子 @自宅 (その1))
もう、駄目。
これ以上できない。
……終わったのかも。
菜々は大きく息を吐き出しながらベッドに倒れ込んだ。
スマホの発信履歴を確認する。
きれいに一時間おきに三度の発信。
それはいずれも留守番電話になった。
最初は「幸樹先輩、忙しいですか?少しでもお話しできたら嬉しいです。折り返し待っています」とメッセージを残した。
二度目は「何度もすいません。電話待ってます」。
そして、三度目の今回は何も残さずに切った。
「はぁ……」
菜々は幸樹先輩のことを想って心が揺れる自分を情けなく思い、スマホがなければこんなに苦しむことはないのに、といっそ窓から放り投げてしまおうかとさえ考えてしまう。
幸樹先輩はこの三度の着信履歴を見てどう思うだろう。
ストーカーかよって思うのではないか。
面倒な女に捕まったと困っているかもしれない。
求めれば求めるほどに、相手は遠ざかって行く気がする。
スマホの画面に幸樹先輩と撮った写真を映し出す。
二週間前に「付き合って二か月記念」で近くの海にデートに行ったときに撮ったものだ。
幸せそうな自分の笑顔が馬鹿みたいに思える。
あの時は肩が触れ合う近さにいたのに、幸樹先輩は今、どこにいるのだろう。
塾に行っていることは知っている。
幸樹先輩が入学した高校は県内有数の進学校だ。
学校の授業レベルの基本問題は授業を受けなくても理解している。
みんな、学校の授業は内申点のために出席するもので、周囲と差をつける学力はどれだけ塾で応用問題をこなせるかにかかっている、と理解している。
部活動への参加も内申点を上げるためには必要で、部活帰りに塾に行くから帰るのは必然的に夜遅くになる。
急に忙しくなった理由を三日前、幸樹先輩から電話で教えてもらった。
それから幸樹先輩とは喋っていない。
辛うじてLINEで挨拶程度のやり取りが一日に数往復あるだけ。
みんな、こんなものだろうか。
卒業式の後に告白した。
振られても、顔を合わすことがないから気が楽だと思って。
結果は意外にもオッケー。
信じられなかった。
有頂天になった。
好きな人への気持ちを抑える必要がないということが何と幸せなことか。
憧れの幸樹先輩は眩し過ぎて、向かい合っては会話にならないぐらいだ。
スマホでやり取りができるだけで十分に幸せだった。
夢の中でも何度も会った。
でも、不安との戦いでもあった。
高校。
それは菜々の知らない世界。
楽しいことも辛いことも菜々の知らない人と共有している。
きっときれいな人もたくさんいるだろう。
菜々は中学生の自分がひどく子どもに思えた。
だから、少しでも幸樹先輩にとってふさわしい女でいられるようにと化粧や髪型を勉強し、スカートの丈の長さを研究し、爪をピカピカにすることにも時間をかけている。
だけど、どれだけ頑張っても、幸樹先輩の住む世界に辿り着けていない気がしている。
自分に何が似合っているのかも分からないし、幸樹先輩がどういうものを好むのかも分かっていないしで、迷走している感じがある。
苦しい。
お付き合いするってこんなに苦しいことなのか。
自分にとって幸樹先輩は初めての彼氏だが、幸樹先輩は誰かと付き合ったことがあるのだろうか。
その時、スマホが震え出した。
キュッと胸が縮み上がる。
誰だろう。
幸樹先輩だろうか。
見るのが怖い。
だけど、電話に出るのが遅れて、切られてしまったら一生の後悔になる。
菜々はギュッと閉じた目を少しずつ、少しずつ開いて画面を見た。
そこには確かに幸樹先輩の名前があった。
喜んで通話しようとしたところで、再び胸に緊張が走る。
もしかして、別れ話?
自分から掛け直してほしいとメッセージを残しておきながら、そんな悲しい想像をしてしまうことに笑ってしまう余裕なんてない。
「はい」
留守番電話に切り替わる寸前に電話に出た。
声が低く籠ってしまった。
「あ。菜々?あれ?もう寝てた?」
優しい声はいつもの幸樹先輩だ。
外にいるのだろうか。
少し風が流れるような音が後ろで聞こえる。
「幸樹先輩……」
菜々はさらに声が出なくなった。
グッと胸の中の何かが熱く広がり、喉から鼻の奥に込み上がってきて、目元がジワッとしてくる。
「ごめん。電話遅くなっちゃった。ちょっと、塾から帰るのが遅くなってさ」
幸樹先輩が謝ってくれた。
別れ話の雰囲気はない。
良かった。
本当に。
この時間まで塾に居て、今から帰って、ご飯とお風呂を済ませて、明日の宿題もやって……。
忙しい幸樹先輩に迷惑を掛けてしまったかもしれない。
「こちらこそ、ごめんなさい」
気付けば泣いていた。
菜々は溢れる涙を次から次へと指で拭った。
「菜々……。泣いてる?」
「泣いてません」
「嘘。涙声だし、鼻すすってるし」
確かに鼻が詰まって息がつらい。
「ちょっとだけ待ってくださいね」
待たせては悪いと思うが、電話越しでも鼻水垂らしながら喋るなんて恥ずかしくてできない。
菜々はそっとスマホをベッドに置いて素早くティッシュで鼻をかみ、サッと電話に戻った。「すいませんでした……あれ?幸樹先輩?」
反応がない。この短い時間に幸樹先輩がどこかへ行ってしまった。ミスった。嫌だ。どこ?菜々はウサギのようにピンと耳を立てて電話の向こうに愛しい人を探した。
(その2へ続く)
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