8.シュゼットと町の子どもたち
エリクと最後に会ってから一週間後、シュゼットは緊張した空気が流れる家の依頼に来ていた。
「つまり、魔法学校の入学試験に緊張して、このところ毎日お腹を壊していると」
シュゼットの前に座るオレリーは、恥ずかしそうに顔を赤くして小さくうなずいた。その隣に座る母親は、眉をハの字にしてシュゼットを見つめてくる。
「どうにかできそう? 受験費用や入学金でお金はすっからかんだから、魔法治療が受けられなくて」
「大丈夫。バジルとシナモンのアロマオイルを使って、試験の日までお腹をマッサージしてあげて。見ててね」
シュゼットはワンピースの上から、自分のお腹をゆっくりと円を書くようにさすった。
「手は早く動かさずに、じっくりと、お腹と心が落ち着くようにさすってみて。深呼吸もすると、なおのこと良いかもしれないね」
オレリーは素直にシュゼットの真似をして、自分の小さな手でお腹をさする。
「今はお手本だから服の上からやってるけど、肌を直にさすると、少しずつ精油の力がお腹に吸収されて、緊張による痛みが緩和されるの。それから、この香りには緊張を和らげる効果もあるから、試験当日も嗅いでから行くと、気分が落ち着いて、良いと思うよ。あと……」
シュゼットは手提げカゴから茶葉の入った瓶を取り出した。
「ペパーミントのハーブティーも、口に合いそうなら飲んでみて。試験の前で緊張したり、不安になったりして心が疲れた時に飲むと、心が元気になるから。それから胃の痛みにも効くから、お腹も良くなると思うよ」
「ああ、ありがとう、シュゼット。本当に助かるわ」
今も緊張しているのか、オレリーはたどたどしく「あ、ありがとう、ございます」と言った。シュゼットはオレリーを安心させるため、大げさなくらいににっこりと笑った。
「お役に立てたならよかった」
母親はお礼として、カゴ一杯のリンゴと小麦粉一袋を渡してきた。
この家は魔法ではなく火と手でパンを焼くパン屋なのだ。娘のオレリーを魔法使いにして、パン屋の仕事を楽にしたいと考えているそうだ。
パン屋と言えば町の誰よりも早く起きなければならないのだから、そう望むのも無理はないな、とシュゼットは思った。
「オレリーが合格できることを願ってるね」
「ありがとう、シュゼット。わたしもこれ以上願うことがないってくらい願ってるわ」
この世界では、ある程度のまとまったお金があれば、人間も魔法を勉強する学校に通うことができる。そこで勉強をし、一年の修行の旅を終えると、晴れて魔法使いとなることができ、高給の職に就く他、魔法で仕事を楽にすることができる。
「そのためには毎日十時間は勉強しなきゃいけないんだって。わたし絶対にできないな」
ブロンはバカにしたような顔で「ワフッ」と鳴いた。
「あ、『だろうね』って顔でしょう」
シュゼットはブロンをヒョイッと抱き上げ、柔らかい背中にグイグイと顔を押し付けた。ブロンはくすぐったそうにキャウキャウと鳴く。
「お仕置きだー!」
「キャウーウ!」
「あ、シュゼットだ!」
後ろからの声に顔を上げると、顔なじみの子どもたちが駆けてきた。
「こんにちはー!」
「あ、リンゴ持ってる! いいなあ!」
「ブロンもこんにちはあ」
子どもたちはシュゼットとブロンを取り囲み、クルクルと駆け回る。子どもたちに大喜びして興奮したブロンを下ろすと、子どもたちは順に優しくブロンをなでた。
「リンゴならみんなにも分けてあげるよ。重くてちょっと困ってたんだ」
「やったー! ありがと、シュゼット!」
子どもたちは飛び跳ねて喜んだ。
「あ、シュゼットの手、良い匂いがするう」
そう言ったのは、シュゼットに一番懐いているコラリーだ。コラリーはシュゼットの手を取って、スウッと深呼吸をした。
「シナモンの香りを使ったからかもね。お菓子に入ってるでしょ」
「わあ、わたし、シナモン大好き!」
コラリーはにっこりと笑って、もう一度手のそばで深呼吸をした。
「良いよな、シュゼットのちりょーは。苦くも痛くもなくて、しかも安いんだもん」
「おっ、うれしいこと言ってくれるね、エクトル」
シュゼットが一番背の高いエクトルを肘で小突くと、エクトルは得意げに胸を張った。
「俺たちはシュゼット信者だからな」
シュゼットがこの町に越してきたのは二年前、十五の時だ。
祖母のアンリエッタが町民であるものの、不思議な自然療法をするシュゼットは、初めは警戒されてしまった。そんな時にシュゼットを助けてくれたのが、他でもない町の小さな子どもたちだった。
転んで捻挫をしたところをシュゼットに助けられたコラリーとエクトルの兄妹は、特にシュゼットに懐いている。打撲や捻挫の痛みや炎症を抑えるアルニカの塗り薬のおかげですぐに良くなったことで、いかにシュゼットがすごいかを自分の親や周りの人々に熱心に伝えてくれたのだ。今日のオレリーもエクトルの友人で、エクトルの紹介によって治療をしに行くようになった一人だ。
おかげでシュゼットの仕事は、町の約半分の人々に受け入れられている。シュゼットにとって、子どもたちは感謝してもしきれない存在だ。
「俺、町を出ても良い年齢になったら、シュゼットのことを町の外にも広めに行くんだ!」
「本当に! ありがとう、エクトル」
新しい場所で家族以外に味方がいる。これ以上心強いものはない。
それを思ったシュゼットは、この町に来たばかりのエリクにとって、自分がそんな味方になれたら良いな、と思った。
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