第40話 無謀な作戦
「それにしても、弱りましたな」
「ええ……大丈夫だとは思いますが、敵がどう動くのかまったくわかりませんから」
ネメシアとステラが頭を抱えている理由。それは、天帝サイネリアが護衛の増員を頑なに拒んでいることだ。
「そうですな。我々が考えている以上に、『緋色の旅団』の協力者は多そうです。考えたくはありませんが、万が一バジリスタ城のなかにまで協力者がいたら……」
「それも懸念して、怪しい者はすべて解雇しています。が、油断はできません。ハルジオン様のときのように、アシュリー・クライスが我々の想像を超えた行動をとることは十分考えられます」
「そもそも……なぜ陛下はそれほどまでに護衛の増員を拒むのでしょうか」
丸太のような太い腕を組んだネメシアが眉をひそめる。
「陛下は……もともとそばに護衛を置きたがりません。せいぜい、誰かが勝手に入ってこないよう、居室の前に配置するくらいです」
「では、基本的に陛下はいつもお一人で……?」
「ええ。高貴なお方であるにもかかわらず、着替えなども誰の手も借りずに一人でしていますしね」
「不思議な話ですな……長老衆のなかには、何から何まで従者を使う方もいると聞きますのに」
ステラは軽く頷くと、そっと目を伏せた。
陛下が護衛や従者を遠ざけるのは今に始まった話ではない。実際のところ、居室の前に護衛を配置するのも煩わしく感じているはずだ。
なぜ陛下がそれほどまでに他者を遠ざけるのか、それは自分にもわからない。ただ、おそらくだが、先日護衛が二名処刑されたことも、何かしら関係があるように思える。
「ひとまず、護衛に関しては諦めましょう。あまりしつこいようだと、勘気に触れるやもしれません」
そう口にしたステラの顔には、濃い疲労の色が滲んでいた。
――アシュリーが口にした作戦内容を聞いた『緋色の旅団』の面々は、みな一様に口をぽかんと開けて呆けた。が、次の瞬間。
「ふ、ふざけんな!! アシュリー、お前自分が何を言ってんのかわかってんのか!?」
『緋色の旅団』地下拠点、その一室にダリアの怒号がこだまする。が、ダリアが激高するのも当然だと、ジュリアやストック、ガーベラは思った。
「ふざけてなんていないわ。これがもっとも現実的かつ、成功率も高い作戦よ」
ソファから立ちあがって睨みつけてくるダリアをまっすぐ見据え、アシュリーが言う。
「いや、いくらなんでも無謀すぎんだろ! 自ら死にに行くようなもんじゃないか!!」
「悪いけど、これは無謀でも何でもないし、死ぬつもりも一ミリもないわ。天帝の正体を知ったとき、そして魔鉱石を手にいれたとき。すでに私はこの絵図を頭のなかに描いていた」
ジュリアが立っているダリアの服を引っ張って座らせる。まだダリアの眉間には深いシワが刻まれていた。納得いかない、と言わんばかりの顔だ。
「大丈夫よ、ダリア。治安維持機関もあの女も、必ず私の思い描いた通りに動くはず。イレギュラーが入り込む要素もないわ」
「いや、でも……」
「ちょっとダリア。あんた、アシュリーのこと信じられないの?」
ジュリアがダリアへ肘打ちを喰らわす。
「ジュリアこそ、アシュリーが心配じゃないのかよ」
「私はアシュリーを信じてるから。もちろん、不安がまったくない、と言えばウソになるけど」
ちら、と視線を向けてきたジュリアに、アシュリーが苦笑する。
「大丈夫だって。これもあるし」
アシュリーがローテーブルの上に広げてある一枚の紙を指さす。それは、バジリスタ城内部の様子を詳細に描いた設計図だった。
「カラミンサの父親がバジリスタ城に仕えていたのが幸いしたわ」
学生時代、デージーに絡んだタチの悪いエルフの一人、カラミンサ。彼の父がバジリスタ城に仕えていたことから、カラミンサを通じて何とか城の設計図を入手できたのである。
「あとは、私がさっき言った通りにあなたたちが行動してくれれば、作戦はきっとうまくいく」
力強く言い放ったアシュリーが、一人一人に視線を巡らせる。理解はできても納得はできないのか、まだダリアだけは眉根を寄せたままだ。
「お願い、ダリア。やっと……やっとここまできたの。私の……父や母、兄を理不尽に殺戮して、村そのものをなかったものにした、あの女にやっと……やっと手が届くの」
絞りだすように言葉を紡ぐアシュリー。必殺の覚悟を覗かせるアシュリーの様子に、ダリアは大きく息を吐いた。
「……わかったよ。でも……絶対に死ぬなよ? 命に代えても天帝を殺したいのはわかるけど……それでも……」
「……うん。ありがとう、ダリア」
わずかに口もとを緩めたアシュリーだが、すぐ真顔に戻り、より具体的に作戦の内容を話し始めた。
――翌日。日常業務の一つである書類の確認を終えたネメシアは、外出するための準備を始めた。外出の理由はもちろん、『緋色の旅団』の拠点探索のためだ。
本来は実働部隊の業務だが、現状を鑑みるにそんなことを言っている場合ではない。アシュリーを確保するにしても、できることなら自分の手で捕まえたいとネメシアは考えていた。が。
実際のところ、自分は『緋色の旅団』の拠点を見つけたとして、アシュリーを捕まえられるのだろうか。アシュリーたちの行動が、犯罪行為であることは間違いない。
だが、アシュリーをそこまで追い詰めたのは、紛れもなく天帝陛下の行いだ。割り切っているつもりだが、何とも言えないやるせなさがある。
「ネメシア長官」
長官室に入ってきたステラに声をかけられ、ネメシアはハッと我に返った。
「あ、ああ、ステラ殿。陛下のほうはどうでした?」
「まあ……機嫌が良いとも悪いとも……。機嫌を損ねないよう、注意しながらさりげなく護衛の増員についても進言したのですが……」
「その様子では、ダメだったようですな」
ステラが力なさげに頷き、ネメシアも小さくため息をついた。
「仕方ありませんな。我々は、一刻も早く『緋色の旅団』の拠点を――」
何やら騒がしい声が聞こえ、ネメシアとステラは顔を見あわせた。
「……何か、あったのでしょうか?」
「さあ……?」
二人が部屋を出て行こうとしたそのとき、扉が勢いよく開き、見慣れた職員が血相を変えて飛びこんできた。
「ち、長官、大変です!!」
「ど、どうした。何があった!?」
「ア、アシュリー・クライスが……、出頭してきました!!」
一瞬、ネメシアは何を言われたのかよくわからなかった。が、次第に顔が紅潮し始める。
「ほ、本当か……!?」
「は、はい! 今、ホールの受付前で確保しています!」
意味がわからなかったが、ネメシアは弾けるように部屋を飛びだすと、一目散にホールへと駆けだした。それをステラが慌てて追いかける。
当然かもしれないが、ホールは騒然としていた。つい先日、禁軍のトップを白昼堂々と暗殺したテロリストの首領が、一人で出頭してきたのだから当然だ。
「おい、どいてくれ! どけ!」
ネメシアが職員たちを割って前へ進む。開けた視界に飛びこんできたのは、二名の実働部隊員に立ったまま腕と肩を押さえつけられているアシュリーの姿だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます